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So Young

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So Young

 気が付いた時には、楊令はいなかった。
 いつもなら、たいてい一緒に出掛けるし、そうではないときでも行き先は告げて行った。黙って出掛けていった事など、いままでなかったのだ。
 どこへ出たのか、張平には見当がつかなかった。王進も、王母も、何も言わないところをみると、事情は知っているのだろう。二人とも、いつもと変わらない。違うことといえば、今日の仕事のすべてを、張平ひとりでこなさなくてはならないことぐらいだ。
 まだ子供の自分には出来ない力仕事もある。そういう仕事は残しておけば、楊令が明日やるだろう。
 そんなことよりも、張平の心を占めているのは、寂しさだった。それに比べれば、仕事の多さなど、何程のこともなかった。自分を置いて一人だけで、楊令はどこへ行ったのか。それだけが気になった。
 小さな幼児でもあるまいし、何をそんなに、と自分に言い聞かせた。楊令は、すべてを自分に知らせる必要などないし、張平自身も、すべてを楊令に報告しているわけではない。現に、楊令が魯達と毎晩何を話しているか知らないし、魯達と張平が話している内容を、楊令に喋ったたこともないのだ。
 それでも、寂しさは理屈を覆いつくす。置いていかれたことを拗ねている、子供っぽい自分が、嫌になった。
 楊令のことを頭から追い出そうとして、川で無心に農具を磨いていると、夕刻になって楊令が戻ってきた。
 張平の隣にしゃがみこんだ楊令の横顔が、いつもと違うように見えた。言葉で説明できないが、どことなく、雰囲気が違う。張平の知らない楊令が、そこにいた。
 魯達に用事を頼まれた、と説明された。その用事がなんなのか、張平は訊ねることが出来なかった。
 ただ、ひとり置いていかれた、という思いだけが、心の中に澱のように残った。


 張平の姿が見当たらないので、川の上流へ向かってみた。はたして、張平はそこで洗濯をしていた。水音に混じって、衣服を木の棒でたたく、規則的な音が聞こえてくる。
 数日前に楊令が一人で里へ出かけた日から、張平は沈みがちだった。普段通りに話し、畑仕事もこなしている。だが、いつものように楊令の顔をまっすぐに見返し、兄上、と笑顔を向けてこないのだ。
 一緒に連れて行ってもらえなかったことを、気にしているのかもしれない。
 背後から近づくと、気配を察した張平が振り返った。
「兄上」
 楊令を見て、立ちあがる。
「どうしたのですか、こんなところに。私に、なにか?」
「私の仕事が終わったので、手伝いに来ただけさ」
「そうでしたか。こちらも、もうすぐ終わります」
 籠の中をのぞくと、張平の言う通り、のこりは二枚の着物だけだった。
 棒を振る張平の隣にしゃがみこみ、水を絞る作業を始めた。力が強い分、楊令がやったほうがよく絞れる。
 張平には、実の兄がいる。それでも、楊令のことを兄と呼び慕ってくる。実兄とは長く離れて暮らしているので、側にいる楊令のほうが、身近なのかもしれない。
 大人ばかりの中で育った楊令にとって、張平は唯一、年齢が近い存在だった。はじめは、どう接したらよいか分からなかった。はじめての、自分と同じ子供というだけでなく、盗癖もあった。しかも、欲しいものを盗んでいるのではない。自分では絶対に使わない楊令の帯などを盗んだりする。なぜこんなことを、という疑問だけがあった。
 しばらくすると、張平の盗癖は、愛情に飢えていることが起因しているように思えた。両親も、兄も健在なのに、それでも孤独を感じていたのか。
 楊令にも、内に抱えた孤独はある。それは張平のものとは違う種類の孤独だ。
 周りの大人は皆、自分を慈しんでくれた。すでに記憶も遠い、実の両親。戦場から自分を拾い上げ、息子として育ててくれた楊志と済仁美。父母のような愛情を注いでくれた秦明と公淑。まだ幼い自分を一人の男として扱った林冲。石秀、郭盛、そして鄭天寿。だが、失ったものも多かった。失うことを恐れ、心のどこかで自分は一人だと言い聞かせてきたのだ。
 心に孤独を抱えたもの同士。そういう思いが、張平を特別な存在にしたのかもしれない。
 里で、盗みをはたらいた張平を庇ったことがあった。その夜、自らの右腕を切り落とそうとする張平を止め、泣きじゃくる小さな背中を抱きしめながら、お前には私がいる、と何度も言い聞かせた。
 あの時から、張平の盗癖はなくなった。
 小さな体で、そんなに寂しさを抱えているのか。そう思うと切なかった。その頃から張平を弟と思い定めるようになった。その気持ちが伝わったのか、張平もいつのまにか楊令を兄上、と呼ぶようになっている。
 楊令の孤独も、張平という存在によって癒されているのだ。
 張平に笑いかけてもらえないと、寂しい。そんな気分になる。
 作業をすべて終え、張平が道具を片づけ始めた。
「張平」
 張平の真横に腰をおろし、裸足になった足を水に浸した。上流の水は特に冷たい。
「最近、元気がないな」
「そんなことは」
「この間の、私が一人で出かけたことを、気にしているのだろう?」
 張平は顔を伏せた。言葉では我慢してみせても、表情は正直だ。
 楊令は、張平の肩を引き寄せ、耳元で囁いた。
「あれは、妓楼に女を買いにいったのだ」
 それを聞いた張平は、一瞬ポカンとした顔で楊令を見つめ、その後みるみるうちに顔が紅潮した。
 どうやら、女を買うことの意味は、知っているらしい。
「なんだ、顔が真っ赤だぞ。お前も女に興味があるのか」
「違います」
 即座に否定された。
「そうではなくて、兄上が、その、そんなところに行くなんて」
 張平は、自分の着物の裾をきゅっと握りしめるのが、目に入った。
「私が、妓楼に行くのが意外か?」
 楊令の言葉に、張平はこくりとうなずいた。
「それも、ありますけど・・・あの日帰ってきた兄上は、私の知らない人に見えました」
 張平は、俯いたまま言葉を続けた。
「どうしてこんなに、兄上が一人で出かけたことが気になるのか、自分でもわかりません。でも、戻ってきた兄上は、以前より遠い存在のような気がしました。きっと、兄上は」
 張平の声が震えた。顔を覗き込むと、涙がひと粒、張平の手の甲に落ちた。
「兄上は、きっと、この山を出ていきます。私を置いて」
 ふた粒めの涙が、落ちた。
 山を出ていくと楊令自身も決めていないし、魯達も、山を下りろとは一言も言っていない。ただ、張平は、そういう予感がするのだろう。
 その予感は、楊令にもあった。
 魯達との毎日二刻の時間は、山を下りて梁山泊に加わるための準備だ。
 戦に加われば、生きて再び逢える保証はない。楊令が山を降りる時が、今生の別れになるかもしれない。
 子午山で、穏やかな暮らしをするという選択肢も、あるはずだった。だが、楊令にはその道は見えない。あるのは、戦場へ出て、父・楊志の遺志をつぐことだけだ。
「張平」
 楊令は、張平の体を抱きしめた。顔を上げさせ、親指で涙を拭う。
「私は、どこにいようと、お前という弟がいることを忘れることはない」
 以前にも、こうして張平の涙を拭ったことがあった。そうだ、あの時。お前には私がいると言い聞かせた、あの夜だ。
作品名:So Young 作家名:いせ