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みっふー♪
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君知るや

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物心ついたときからひとりなら、だったらまだましだったのかもしれない。
なまじおぼろげな裏写しの記憶があるばっかりに、“この世”ってやつにこうも執着するのだろう、神も仏もありゃしねぇ、その日世界に流れた血の分だけ燃え盛る火色を増して地平の彼方に落ちていく西日を眺めて少年は思った。
河原で、山で、今日も数えきれない死人を見た。自分はまだ生きている。生きようとしている。とっととくたばってあの世に行っちまえば、そうすりゃ腹いっぱい食えてあったかい布団で寝られて、……いや違う、そもそも“あの世”ってところは腹も空かなきゃ眠くもならないところらしい、年中甘い花の匂いに包まれて、心洗われるような美しい調べが流れていて、……そんなところにいまさら自分が呼ばれるとも思ってはいなかったが。
生きても地獄、死んでも地獄、どうにもやるせなくて、試しに飲まず食わずで三、四日ばかし河原にだらりと寝そべってみたこともある。けれど藪蚊に刺されりゃいちいち痒いし、ちょいちょい小便には行きたくなるし、しまいにゃうんざり飽きてきて、――何で俺ンなことやってんだって、一人があんまり退屈で、生き別れが死にはぐれか、そのへん野っ原うろついているガキ拾ってきて何くれとなく面倒見てやったこともあった。ことによると自分には昔弟妹がいたのかもしれない、――にーちゃんにーちゃん、回らぬ舌で懐かれると存外悪い気はしなかった。
だけどどんなに構ってやっても、連中は自分みたいに根性悪く粘らずに大概あっさりと逝ってしまうのだった。
初めは力も抜けたし、食欲も失せて二、三日呆然としたものだった。が、名無しの木板を立てた小さな塚が三つ四つと並んでいくうち、次第に感情も均されていった。
その中に一人、わりに付き合いの続いた小僧がいた。
痩せてはいたが血色のいい頬をしてころころ笑う明るい奴だったのに、急に発した熱が長引いてなかなか収まらない。破れ板と折れた枝で間に合わせに葺いた屋根の下、襤褸を集めた夜具を息苦しそうな肩に掛けてやりながら少年は呟いた。
――元気出せよ、朝になったら美味いトリ汁食わせてやっからな、
意識があるのかないのか、自分を見上げて小さく頷いたように見えた小坊主を置いて少年はそっと仮宿をあとにした。
余程切羽詰まった事情があるとき以外、里にはやたらと降りないことにしていた。長居は無用だ、死んだ人間より生きている人間の方がよほど恐ろしい、首尾よく鶏を手に入れて戻った小屋とも呼べない粗末な雨避けの下、夜具に覆われた小さな肩をもう息をしていなかった。
「……。」
少年は撥ねた頭を掻いた。脇に抱えた鶏はまだいくらかぐにゃりと生暖かいのに、右手に触れた肩はすっかりと固く冷たいのだった。
少年はその場に胡坐をかくと黙って鶏の羽根を毟り始めた。血抜きが十分ではなかったが、自分一人で食うなら味など二の次だ。
火を起こして穴を掘って、腹を捌いて選り分けた内臓ごと蕗の葉に包んだ肉を土中に埋めて蒸し焼きにする。火が通るのを待つ間、もうひと仕事でいくつも並んだ塚の隣に深めに土を掘り返して、襤褸の夜具ごと亡骸を収める。
「……」
――この世のどこかにはふかふかの羽根布団てヤツがあるらしい、何で聞いたか定かでないが、こんもり積もった鶏の羽根も上からハラハラかけてやる。
「……あったけぇか?」
――ま、熱出した人間にあったけぇもナンもねぇか、ぼそりと口にしたあとで少年は土と羽根まみれの手に頭を掻いた。
今頃はヤツの熱も疾うに引いて、あっちに待ってるおっかさんやら親父殿やらに頭撫でられて、きゃっきゃ笑ってることだろう。弔いには罰当たりの馳走を一人ぺろりと平らげて、少年は土の上に散らばった白い骨片を見つめた。
鶏と一緒に盗んだものの、結局使わなかった鉄鍋にそれを拾い集めながら、――そうだこれを返しに行こう、ガラガラ骨の音のする鍋を振って少年は唐突にそんなことを思った。
結局自分がしていたことはただの自己満足に過ぎない、人買いにすら目零しされるような、……つまり長くはもたないと、自分はそんな連中を一端の義侠心ぶって、わざわざ拾ってきて兄貴面で面倒見てやった気になって、あいつらが暑さ寒さも痛みも空腹も感じない、早くあっちの世界に還って行くのをただ邪魔していただけではないか。自分には終ぞ縁のない、妬み嫉みに一人が淋しいばっかりに、そうまでして一人を紛らわせて、くだらねぇと唾を吐きつつ執着する現世に自分は何を求めているのか。
どうにもやりきれない捨て鉢の気分だった。夜半になって少年はその馬鹿げた考えを実行に移した。里の外れにぽつんと立つ屋敷、手入れのされた門構えは立派だが、昨夜忍び込んだときから薄々気配が妙だとは思っていた。
昨晩はたまたまかとも考えたが、やはり不用心に横木の掛かっていない裏口の戸を開けて庭に入る。自分の背丈ほどの鶏舎に目をやると、金柵の中で膨らませた羽根に首を埋めて並んで鶏が眠っていた。こうして鶏が飼われているのだから人がいないはずはないのに、屋敷の空気は今日も静まり返っている。
雨戸を引いた縁側の上がり石の上に抱えてきた鍋をそろりと置く。目的は達せられた。
「……。」
なおも立ち去り難く、雨戸の奥の気配に意識を集中させていると、
「どうしたのですか」
背後に静かな声がした。
「!」
少年は息を忘れて振り向いた。まばらな星明かりが照らす闇の中、薄い色の長い髪と白い着物が浮かび上がる。体格から察するに声の主は若い男のようだった。にっこり笑って(口元に白い歯が覗くのでそうわかった)彼は言った。
「わざわざ返してくれなくても良かったのに」
「……知ってたのか?」
少年は緊張に狭まる喉を押し開いて声を発した。長い髪を揺らして彼が微笑んだ。
「知っていたというか……、私が仕向けたみたいなものですから」
涼しげな目元に笑って彼はそう言った。少年は困惑した。
「どーゆーことだよ? トリも、ナベもここに置いときますからドーゾ持ってって下さいって?」
「そんなカンジでしたか?」
彼がくすりと肩を揺らした。少年は苛々と頭を掻いた。
「わかんねーな、ンなことしてアンタに何の得があんだよ?」
――そやって俺みたいなガキ一匹捕まえたところで、食われちまったトリ代とチャラだぜ、
開き直りとしか思えない口調に少年は嘯いた。
「そういうことじゃありません」
静かに、だがきっぱりとした口調に彼は言った。
「これはただのきっかけなんです」
「……は?」
少年は彼を見た。正直、逃げようと思えは簡単なはずだった。穏やかな風貌に誤魔化されていると言えなくもなかったが、目の前の彼が並外れた手練れとも到底思えなかったし、盗人退治の罠だったとして奥から他に人の出てくる気配もなかった。少年は息をついた。
「アンタの勝ちだよ。後ろに立たれて気付かねぇ俺が抜けてただけの話さ、」
――煮るなり焼くなり好きにしてくれりゃイイさ、少年は庭の砂利の上にどっかと腰を下ろした。
「君は面白いことを言いますね」
少年をまっすぐ見据えて彼が言った。真面目な顔だった。まだ何か、自分はからかわれているのだと少年は憤慨した。
作品名:君知るや 作家名:みっふー♪