君知るや
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「……そんでその相手が自分をスキだってどうやってわかんの、」
縁側に垂らした足をぶらぶら、晴れた夜空に星を見上げて少女が言った。傍らの蚊遣りの中の線香が静かに細い煙を上げる。
「――そーだな、」
着流しの懐に腕を組んで男が言った、
「そりゃやっぱ、ヒトの作ったメシを毎度すんげーウマそうに残さずがっついて食うとかな、」
足元に少女を見下ろして、男がニヤニヤ、口の端に人の悪い笑みを浮かべる。
「……」
少女は無言で、二つに結ったおだんご頭を俯かせた。
「だったら私、ゴハンつくってくれる人みんなスキになっちゃうよ、」
――ふぅ、少女が短い息を吐いた。
「……」
まぁそういうこった、腕組みのまま他人事みたいに男は頷いた。それからふと、解いた腕を脇に降ろして、
「お前が俺を好きなのは知ってるよ」
静かな声に男が言った。――俺だってヒト好きになったことくらいあるからな、後出しの冗談みたいに付け加えて男はくすりと肩を揺らした。
「俺がお前のメシ作んなくたって、お前は俺を好きだろ」
「……。」
ぽんと軽い手触りに、男の無骨な掌が少女の赤茶の髪に置かれた。宙ぶらりんにふらふら揺れる下駄履きの爪先をじっと見つめたまま少女は訊ねた。
「私が銀ちゃんのゴハンつくんなくても、銀ちゃんも私のことを好き?」
「……。」
二人並んだ縁側に、今度は男の無言が続いた。困っててくれるならまだマシだと少女は思う、……だけどそうじゃないから、そういう段階ですらなくて、だからってこの沈黙が迷惑の意思表示というのでもない、それくらいは子供の自分にもわかる。
「とーばん表変えるか、」
少女の丸いつむじから手を離し、跳ねた自分の頭を掻いて男が言った。
「メシもそーじ当番も洗濯も、ぜーんぶオマエがやってくれたら俺はたぶん、だいぶ今よりきっとオマエを好きになるよ、」
――ウン、顎に手を当てて男がひとり頷いた。少女は見開いていた目を細めた。
「チョーシ乗んなよナ、」
――ガス! 男の鳩尾に一発、少女の容赦ない裏拳がヒットした。
「……おっ……」
腹を押さえて男が板張りの廊下にくずおれた。
「バカヤロウ息止まっただろが!」
銀髪の毛先を四方に乱して男が喚いた。
「銀ちゃんなんか氏んじゃえばいーヨ、」
少女はひょいと縁側を降りた。
「……」
片膝を着いていた男が顔を上げた。腰の後ろで組んだ手に鶏小屋の前の庭石を踏み締めてカランコロン、大きすぎる下駄の片足に器用にバランスを取って少女は振り向いた。
「そしたら向こうで大好きな人に会えるよ、」
――ヨカッタね!
「……」
満面の少女の笑みに、男がふっと口の端を歪めた。
「会えねーよ」
膝を戻して男は言った。「俺とあの人は同じ場所には行けないんだ」
「……。」
少女は後ろ手に握った指先に力を込めた、
「バッカじゃなかろーか、」
着地した足にくるりと向きを変え、肩を竦めて吐き捨てる、――あーあーヤダヤダ、コレだからおっさんのろまんちすとは、
「……は?」
跳ねた前髪の下に男が眉を顰めた。少女は言ってやった、
「だって銀ちゃんビビってるだけじゃん、アッチ行ったら先生だけじゃなくて強力ならいばるもいるもんねーーーっ」
「ハァ?」
男の片眉がいよいよ不機嫌に吊り上がる。勢いのまま少女は続けた。
「きっと銀ちゃんより百倍カッコよくて千倍アタマが良くて万倍シブくてセンセのりそーどんぴしゃ!」
「……。」
――オマエやな奴だな、どんより呟いた男の、威勢よく跳ねていた毛先まで一気にくたっとしたような、
「――でもね、」
まっすぐ顔を上げて少女は言った、
「カッコ悪くてバカでチャラくてぜんぜんりそーと違っても、私は銀ちゃんが好きだよ」
「……。」
菫の瞳の揺らがない視線を受けて、男も少女をじっと見返す。蚊取りの煙がひとすじ風に流れた。男がぼそりと口を開いた。
「――メシもそーじも洗濯係も、今まで通りきっちり半々だからな、」
「……」
たちまち堰が切れたように少女が不平をまくし立てた、
――何さオトナのくせに、ちょっとは余計に引き受けろっつーの、コレってれっきとしたじどうぎゃくたいじゃないのさ、
「……。」
――キーキーギャースカうるせぇなァ、だからコドモは嫌いだっつんだよ、わざとらしい耳栓に男が顔を背けた。
「――、」
憤慨の表情に少女が男を睨み付ける、
――いーーーっっだ私だってダラけたみそじのオッサンなんて本当はぜんぜんスキじゃないやいバーーーーカ!!!
「……」
傾けた首を回し、しれっと半眼に男が受け流す、
――バカって言ったほーがバカなんですー、――とかドヤ顔で言い返すバカが本気のバカなんですー、少女も引かず応戦する、……大気に揺れて笑ってるみたいな星明かりの下、収拾がつかないバカふたり、巡る星任せの行く先はまだわからない。
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「……そんでその相手が自分をスキだってどうやってわかんの、」
縁側に垂らした足をぶらぶら、晴れた夜空に星を見上げて少女が言った。傍らの蚊遣りの中の線香が静かに細い煙を上げる。
「――そーだな、」
着流しの懐に腕を組んで男が言った、
「そりゃやっぱ、ヒトの作ったメシを毎度すんげーウマそうに残さずがっついて食うとかな、」
足元に少女を見下ろして、男がニヤニヤ、口の端に人の悪い笑みを浮かべる。
「……」
少女は無言で、二つに結ったおだんご頭を俯かせた。
「だったら私、ゴハンつくってくれる人みんなスキになっちゃうよ、」
――ふぅ、少女が短い息を吐いた。
「……」
まぁそういうこった、腕組みのまま他人事みたいに男は頷いた。それからふと、解いた腕を脇に降ろして、
「お前が俺を好きなのは知ってるよ」
静かな声に男が言った。――俺だってヒト好きになったことくらいあるからな、後出しの冗談みたいに付け加えて男はくすりと肩を揺らした。
「俺がお前のメシ作んなくたって、お前は俺を好きだろ」
「……。」
ぽんと軽い手触りに、男の無骨な掌が少女の赤茶の髪に置かれた。宙ぶらりんにふらふら揺れる下駄履きの爪先をじっと見つめたまま少女は訊ねた。
「私が銀ちゃんのゴハンつくんなくても、銀ちゃんも私のことを好き?」
「……。」
二人並んだ縁側に、今度は男の無言が続いた。困っててくれるならまだマシだと少女は思う、……だけどそうじゃないから、そういう段階ですらなくて、だからってこの沈黙が迷惑の意思表示というのでもない、それくらいは子供の自分にもわかる。
「とーばん表変えるか、」
少女の丸いつむじから手を離し、跳ねた自分の頭を掻いて男が言った。
「メシもそーじ当番も洗濯も、ぜーんぶオマエがやってくれたら俺はたぶん、だいぶ今よりきっとオマエを好きになるよ、」
――ウン、顎に手を当てて男がひとり頷いた。少女は見開いていた目を細めた。
「チョーシ乗んなよナ、」
――ガス! 男の鳩尾に一発、少女の容赦ない裏拳がヒットした。
「……おっ……」
腹を押さえて男が板張りの廊下にくずおれた。
「バカヤロウ息止まっただろが!」
銀髪の毛先を四方に乱して男が喚いた。
「銀ちゃんなんか氏んじゃえばいーヨ、」
少女はひょいと縁側を降りた。
「……」
片膝を着いていた男が顔を上げた。腰の後ろで組んだ手に鶏小屋の前の庭石を踏み締めてカランコロン、大きすぎる下駄の片足に器用にバランスを取って少女は振り向いた。
「そしたら向こうで大好きな人に会えるよ、」
――ヨカッタね!
「……」
満面の少女の笑みに、男がふっと口の端を歪めた。
「会えねーよ」
膝を戻して男は言った。「俺とあの人は同じ場所には行けないんだ」
「……。」
少女は後ろ手に握った指先に力を込めた、
「バッカじゃなかろーか、」
着地した足にくるりと向きを変え、肩を竦めて吐き捨てる、――あーあーヤダヤダ、コレだからおっさんのろまんちすとは、
「……は?」
跳ねた前髪の下に男が眉を顰めた。少女は言ってやった、
「だって銀ちゃんビビってるだけじゃん、アッチ行ったら先生だけじゃなくて強力ならいばるもいるもんねーーーっ」
「ハァ?」
男の片眉がいよいよ不機嫌に吊り上がる。勢いのまま少女は続けた。
「きっと銀ちゃんより百倍カッコよくて千倍アタマが良くて万倍シブくてセンセのりそーどんぴしゃ!」
「……。」
――オマエやな奴だな、どんより呟いた男の、威勢よく跳ねていた毛先まで一気にくたっとしたような、
「――でもね、」
まっすぐ顔を上げて少女は言った、
「カッコ悪くてバカでチャラくてぜんぜんりそーと違っても、私は銀ちゃんが好きだよ」
「……。」
菫の瞳の揺らがない視線を受けて、男も少女をじっと見返す。蚊取りの煙がひとすじ風に流れた。男がぼそりと口を開いた。
「――メシもそーじも洗濯係も、今まで通りきっちり半々だからな、」
「……」
たちまち堰が切れたように少女が不平をまくし立てた、
――何さオトナのくせに、ちょっとは余計に引き受けろっつーの、コレってれっきとしたじどうぎゃくたいじゃないのさ、
「……。」
――キーキーギャースカうるせぇなァ、だからコドモは嫌いだっつんだよ、わざとらしい耳栓に男が顔を背けた。
「――、」
憤慨の表情に少女が男を睨み付ける、
――いーーーっっだ私だってダラけたみそじのオッサンなんて本当はぜんぜんスキじゃないやいバーーーーカ!!!
「……」
傾けた首を回し、しれっと半眼に男が受け流す、
――バカって言ったほーがバカなんですー、――とかドヤ顔で言い返すバカが本気のバカなんですー、少女も引かず応戦する、……大気に揺れて笑ってるみたいな星明かりの下、収拾がつかないバカふたり、巡る星任せの行く先はまだわからない。
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