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みっふー♪
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novelistID. 21864
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君知るや

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涼しい声で返されて、出入りのおっちゃんオバちゃんに教わった米のとぎ方と味噌汁の作り方、魚の捌き方は半分自己流、野菜の切り方はまぁぼちぼち、――先生のメシは俺が作る、いつの間にか芽生えた使命感、だってアレだ、あの人の作るメシはちまちま半端なく時間ばっかかかるくせして何と何がどう作用起こして打ち消し合っているのやら、とにかく味がしなくてマズイんだ、
――配合は完璧なんです、だから理論上はあり得ないんですけど、
似合っているのかいないのか、束ねた髪に腑分けでも始める勢いの白衣と兼用割烹着姿、菜箸片手に彼が首を傾ける。
――……。
だったらイイです、もーぜんぶ俺がやりますって、まぁ、あの人にもそういう抜けてるトコが一つ二つある方が俄然人間らしい。


+++

あるとき、使いで出かけた町中の悪ガキ(自分も相当だったが)と往来で喧嘩になった。
無論負けはしなかったが、遺恨を避けて次からお互い威嚇だけで済む程度に引き分けに持ち込む――机で受けた兵法講義の応用だ、にも無条件に手加減が通用するほど相手は格下でもなかった、のでこっちも少々しくじった。
お使いも満足にできないなんて、余程彼に説教食らうかと思ったが、着物を破いて帰って来た自分を見て、――次は裁縫も教えなきゃなりませんね、ほんの少し目を細めただけで、あとは黙って傷の手当てをしてくれた。
……発端は、向こうのガキどもの頭目が難癖付けてきたことにあった。一応は彼の弟子を名乗る面子もあったし、こっちは波風立てるまいと道の端っこおとなしく歩いていただけなのにいきなり肩ブチ当たって来て、――おまえあそこの刃傷屋敷の使いっ走りか、あの男心中の生き残りなんだってな、……何が先生だ、チョーシ扱きやがって、ただの死に損ないの臆病モンじゃねぇか、
(……、)
思い返してもむかむかする、自分のことなら、まだなんとかもう少しやり様があったかもしれない、だけど頭に血が上って、一瞬たりとも我慢がならなかった、気が付く前に弾かれたように身体の方が飛び出していた。
「……本当なわけないですよね?」
――こうやって確かめるのも時間の無駄だウソでたらめに決まってる、ほとんど一途に脅迫めいた少年の視線から身を避けるように俯いて、彼が小さく息を漏らす。突き出された腕に包帯を巻く手を止めて彼が言った。
「本当ですよ」
「……えっ」
少年は持たされていた軟膏の容器を取り落した。手を伸ばして、拾い上げた彼がにっこり笑った。
「半分は、ですけど」
「……」
半分、とか言われたって少年は余計に混乱するばかりだった。とにかく端からありえない、としか思っていなかったのだから。
緩んだ部分を解いて巻き直しながら淡々と彼が言った。
「心中云々は事実ではありません、おそらく余所で聞いた別の話と混ざったのでしょう」
怪談話がちょっとした目撃談からだんだん大仕掛けになって行くのと同じですよ、そう続けて彼は暢気に笑った。
「……、」
笑ってる場合じゃないでしょう先生、気ばかり急くが少年には彼をどう説得したものか手順がわからない。だいたい先生が笑ってるのに自分ばっかり腹を立てているのも様子がおかしい、考えるほど頭の中がとっ散らかる。
「……そうか、私は生き残りなんですね」
包帯の巻き終わり、ぽつりと漏らして彼が言った。
「えっ」
少年は彼を見た。長い髪を揺らして彼が目を上げた。
「叔父上は、私が死なせたようなものですから」
その声が今もはっきり少年の耳に残っている。癒えない悲しみと青白い炎に己を焼く激しく静かな怒りと無力と絶望と、彼の中にそんな感情が眠っていたことをそれまで少年は知らなかった。気付きもしなかった。
彼は日なたの似合う人で、柔らかな陽射しそのもので、ときどき自分には眩しすぎて、日々を暮してこの人と自分は違うと思い知らされても、それでもあの人が自分の外に見えない繭を張って周り全てを拒絶するような、後にも先にも起きて息をしているあの人をあんなに遠いと思ったことはない。



+++

「……。」
待ち人のうたた寝に少年は夢を見た。彼の夢を見るのはずいぶん久しぶりだった。わざわざ夢で見なくても、いつでも手を触れて会える場所に彼はいたから。長いこと、いつの間にかそれが当たり前になっていた。本当はちっとも当たり前なんかじゃなかったのに、これから先も当たり前の奇跡は続くと、疑いもなく信じていた。
「君に託したいものは君に渡せたから、私の仕事は終わりです」
直立不動に立つ少年と向き合う形に彼は言った。
「先生……?」
――何言ってんスか、少年は訊ねた。ンなこと言うんだったらいりません、先生にもらったモン今すぐ全部返します、今までの宿とメシ代込みで払えって言うんなら何やったって払います、子供じみて喚く少年を宥める代わりに彼は微笑した。
「これから私は君の中で生きるんです」
「わかりません!」
拳を握って少年は叫んだ。
「――忘れないで下さい、」
薄れかけた姿に切れ長の目を細めて彼は言った、
「君が忘れてしまっても、私はずっと君の中にいます」
――だから本当は忘れてしまってもいいんです、髪を揺らして彼は笑った。
「先生!」
見えない彼の姿を追って、闇の中を少年はひたすらに駆けた。走っても走っても、もう決して追いつかないところに、彼はいるのだと知りながら。



+++

月日は流れる。少年の日は疾うに過ぎ去って、おそらくあの頃の彼の年も追い越した。
中庭に野良猫みたいに威嚇の毛を逆立てる侵入者の姿に、何も信じない、信じるものが見つからない、どこか遠い日の自分の姿を見るような、……いや少女は少女で抱える事情があるのだろう、醒めて荒んだ眼をしていても、菫色の瞳に覗く心の奥まで腐り切ってはいなかった。
「……ハラ減ってんだろオマエ、」
菜は手前で調達したみてぇだから、丼飯ぐらい馳走してやんぞ、腕組みのまま顎をしゃくって男は言った。
「……。」
土に煤けた、だが隙のない、獣が唸るような表情で彼を見上げて少女は動かない。真一文字に口を結んで返事もしない。
「いただきますから教えなきゃなんねーみたいだな、」
――やれやれ、気怠そうに背を丸めて男は縁側に踵を返した。
「言っとくけど、」
破れた鶏舎の金網の前、小柄な少女の身体から放つ殺気をものともせずに、男は飄々振り向いた、「いきなり後ろからヤるよーな野蛮な奴は女のコに嫌われんぜ、」
――俺を喰いたきゃ正面から正々堂々トッ込んで来な、
口の端に歪んだ笑みを浮かべて男は言った。
「……、」
擦り切れた詰襟上着の袖に熟れた柘榴でも食い散らかしたあとのような口元を拭って、
「ニンゲンなんて鬼も食わないね、」
砂利の上に、毟り取った羽根と一緒に吐き捨てて少女が言った。
「――……、」
なんだしゃべれんじゃねーか、男は着流しの肩を竦めた。縒れた赤茶のおだんご頭が上向いて、丸い瞳をキッと吊り上げた。
「だいいち私はレェデェある!」
――ムキー! 七分丈の股引の裾を薄い靴底に踏み鳴らし、ひとり気を吐く少女の姿に、跳ねた銀髪を震わせて男はただおかしそうに肩を揺らした。


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作品名:君知るや 作家名:みっふー♪