THE PLANETARIUM
「プラネタリウム?」
「うん。そこ、すごく人気があるらしいんだ」
ブルーはそう言って、手に持ってものを差し出した。ジョミーは、一瞬、虚を衝かれた表情をして、素直にそれを見た。
チケットである。
金色の文字で、ごく簡潔に『THE PLANETARIUM』とプリントされている。紺色の背景に、大小幾つもの星々が散りばめられていて、美しい。デザインを考慮してか、表面はそれだけで、詳細については裏に印字してあった。きれいなチケットだと、ブルーは思う。ジョミーも、わずかでも心惹かれるものがあったらしい。しばらく黙って眺めていた。
だが、彼の反応はそれだけだった。当然のごとく、ブルーに背を向けて、空を眺め始めた。既に、ジョミーは仏頂面になっている。
「どうせ、偽物じゃないか」
「そう云うと思った、」
プラネタリウムで見る星は全て紛い物であり、ジョミーは、それが厭なのだろう。その反応は、まさにブルーの予想通りで、だから、可笑しくなった。
何故かジョミーは、人間と、その人間が作り出すもの、つまりは一般に、社会にある全てのものを、ひどく嫌う。ブルーはそのことを充分に知っていたから、簡単には誘いに乗ってこないだろうと思っていた。
すると、ジョミーは、顔だけで振り返って、ブルーを睨んできた。ブルーの内心を考えれば、的確な反応だった。的確すぎるくらいだ。
また、感情を読まれたかな、とブルーは思った。顔には出ていないはずなのに、可笑しく思ったことが、ちゃんとジョミーには分かっているかのようだ。
ブルーは、表情を作れない。彼には、自覚もある。余程のことがない限り、ブルーの顔は、能面のように固まったままだ。けれど、表情に乏しいのは明らかなはずなのに、ジョミーから理由を問い質されたことも、ましてやそのことに触れられたこともない。むしろ、彼は、ある程度、こちらの感情の動きを悟っているかのような言動をとることがあり、ブルーは驚かされる。
ジョミーという少年は、妙に鋭いと、思う。
「だったら最初から、ぼくを誘わなければいいだろ」
「でもまだ、返事を聞いてない」
不機嫌そうなジョミーに、ブルーは、わざとしっかり視線を合わせた。と、すぐにジョミーのほうから目が逸らされた。彼の視線は、また空へと逃げる。何故か、ジョミーは、あまりブルーと目を合わせない。避けるようなそぶりを時折見せるのだ。そのくせ、ブルーが彼に倣って空を見上げている時には、横からの視線を感じることが多々ある。
どうやら、ぼくの目が問題らしい、とブルーは結論づけている。気に入っているのか、苦手としているのか、どちらともつかないが、何に対しても嫌悪を示す傾向のあるジョミーのことだ。まさか質問などできない。もし、君の眼なんて嫌いだと、はっきり云われたら、きっと立ち直れないだろう。
しかし今は、彼を説得するための、有効な手札として利用するつもりだ。心持ち、力を込めて、ブルーはジョミーを見つめた。
「これ、普通のプラネタリウムとは全然違うらしいんだ。ぼくも興味があって」
このプラネタリウムの話を小耳にはさんだ時、ブルーの頭には、真っ先にジョミーの顔が浮かんだ。人間が嫌いで、空が好きらしいジョミーだ。同じ自然として、星やら宇宙やらも、好きになれるのではないかと、思う。
そうやって、少しずつ好きなものを増やしていったら、この少年は、世界を今よりも、好きになってくれるんじゃないか、そう、ブルーはひそかに期待していた。
ジョミーが振り返った。今度こそ、はっきりと視線がかち合った。わずかに泳いだ彼の目が、どう言葉を返すべきか、考えあぐねているように、ブルーには見えた。取りつく島もないくらい、他人に厳しい彼にしては、どこか珍しい様子だった。
数瞬の後、まるで何かを振り切るように、ジョミーが目を閉じた。
「……だからって、ぼくが行くと思うのか?」
落ちたのは、ジョミーの抑えた声だった。
告げられたのは、問いかけの形であったが、内実そうではなかった。ジョミーは、問いかけの裏で言ったのだ。変わっているといっても、偽物の星などに興味を持つはずがないだろう、そして、君が興味があろうと、自分には関係がないことだ、と。それが、ブルーにはよく分かった。
心臓が、ひやりとした。
ジョミーは瞼を静かに押し上げた。先刻までの、拗ねたような年相応な様子は、微塵も感じられなかった。
こうやって、ジョミーは時折、妙な冷淡さを見せることがある。そんなときブルーは、彼のことが余計に分からなくなった。そうやって、唐突に突き放されても、ブルーにはどうすればいいのか、分からない。同じ年のはずなのに、まるですごく年上の人を相手にしているような、違和感がある。知っていると思っていた彼は、本当は誰なんだろうと、ブルーは途方に暮れてしまうのだ。
ジョミーの、その態度が、ブルーの勇気を、呆気なく崩した。
「判らないから、訊いたんだ。次の日曜、駅の前で待ってるから、」
精一杯にそれだけをまくし立て、無理やりジョミーの手にチケットを握らせた。
ブルーは、ジョミーの返事を聞かずに、それどころか彼の顔をまともに見られないまま、逃げるように屋上をあとにした。
「うん。そこ、すごく人気があるらしいんだ」
ブルーはそう言って、手に持ってものを差し出した。ジョミーは、一瞬、虚を衝かれた表情をして、素直にそれを見た。
チケットである。
金色の文字で、ごく簡潔に『THE PLANETARIUM』とプリントされている。紺色の背景に、大小幾つもの星々が散りばめられていて、美しい。デザインを考慮してか、表面はそれだけで、詳細については裏に印字してあった。きれいなチケットだと、ブルーは思う。ジョミーも、わずかでも心惹かれるものがあったらしい。しばらく黙って眺めていた。
だが、彼の反応はそれだけだった。当然のごとく、ブルーに背を向けて、空を眺め始めた。既に、ジョミーは仏頂面になっている。
「どうせ、偽物じゃないか」
「そう云うと思った、」
プラネタリウムで見る星は全て紛い物であり、ジョミーは、それが厭なのだろう。その反応は、まさにブルーの予想通りで、だから、可笑しくなった。
何故かジョミーは、人間と、その人間が作り出すもの、つまりは一般に、社会にある全てのものを、ひどく嫌う。ブルーはそのことを充分に知っていたから、簡単には誘いに乗ってこないだろうと思っていた。
すると、ジョミーは、顔だけで振り返って、ブルーを睨んできた。ブルーの内心を考えれば、的確な反応だった。的確すぎるくらいだ。
また、感情を読まれたかな、とブルーは思った。顔には出ていないはずなのに、可笑しく思ったことが、ちゃんとジョミーには分かっているかのようだ。
ブルーは、表情を作れない。彼には、自覚もある。余程のことがない限り、ブルーの顔は、能面のように固まったままだ。けれど、表情に乏しいのは明らかなはずなのに、ジョミーから理由を問い質されたことも、ましてやそのことに触れられたこともない。むしろ、彼は、ある程度、こちらの感情の動きを悟っているかのような言動をとることがあり、ブルーは驚かされる。
ジョミーという少年は、妙に鋭いと、思う。
「だったら最初から、ぼくを誘わなければいいだろ」
「でもまだ、返事を聞いてない」
不機嫌そうなジョミーに、ブルーは、わざとしっかり視線を合わせた。と、すぐにジョミーのほうから目が逸らされた。彼の視線は、また空へと逃げる。何故か、ジョミーは、あまりブルーと目を合わせない。避けるようなそぶりを時折見せるのだ。そのくせ、ブルーが彼に倣って空を見上げている時には、横からの視線を感じることが多々ある。
どうやら、ぼくの目が問題らしい、とブルーは結論づけている。気に入っているのか、苦手としているのか、どちらともつかないが、何に対しても嫌悪を示す傾向のあるジョミーのことだ。まさか質問などできない。もし、君の眼なんて嫌いだと、はっきり云われたら、きっと立ち直れないだろう。
しかし今は、彼を説得するための、有効な手札として利用するつもりだ。心持ち、力を込めて、ブルーはジョミーを見つめた。
「これ、普通のプラネタリウムとは全然違うらしいんだ。ぼくも興味があって」
このプラネタリウムの話を小耳にはさんだ時、ブルーの頭には、真っ先にジョミーの顔が浮かんだ。人間が嫌いで、空が好きらしいジョミーだ。同じ自然として、星やら宇宙やらも、好きになれるのではないかと、思う。
そうやって、少しずつ好きなものを増やしていったら、この少年は、世界を今よりも、好きになってくれるんじゃないか、そう、ブルーはひそかに期待していた。
ジョミーが振り返った。今度こそ、はっきりと視線がかち合った。わずかに泳いだ彼の目が、どう言葉を返すべきか、考えあぐねているように、ブルーには見えた。取りつく島もないくらい、他人に厳しい彼にしては、どこか珍しい様子だった。
数瞬の後、まるで何かを振り切るように、ジョミーが目を閉じた。
「……だからって、ぼくが行くと思うのか?」
落ちたのは、ジョミーの抑えた声だった。
告げられたのは、問いかけの形であったが、内実そうではなかった。ジョミーは、問いかけの裏で言ったのだ。変わっているといっても、偽物の星などに興味を持つはずがないだろう、そして、君が興味があろうと、自分には関係がないことだ、と。それが、ブルーにはよく分かった。
心臓が、ひやりとした。
ジョミーは瞼を静かに押し上げた。先刻までの、拗ねたような年相応な様子は、微塵も感じられなかった。
こうやって、ジョミーは時折、妙な冷淡さを見せることがある。そんなときブルーは、彼のことが余計に分からなくなった。そうやって、唐突に突き放されても、ブルーにはどうすればいいのか、分からない。同じ年のはずなのに、まるですごく年上の人を相手にしているような、違和感がある。知っていると思っていた彼は、本当は誰なんだろうと、ブルーは途方に暮れてしまうのだ。
ジョミーの、その態度が、ブルーの勇気を、呆気なく崩した。
「判らないから、訊いたんだ。次の日曜、駅の前で待ってるから、」
精一杯にそれだけをまくし立て、無理やりジョミーの手にチケットを握らせた。
ブルーは、ジョミーの返事を聞かずに、それどころか彼の顔をまともに見られないまま、逃げるように屋上をあとにした。
作品名:THE PLANETARIUM 作家名:ぺあ