THE PLANETARIUM
(やっぱりあれは、不味かったかもしれない。)
ブルーは述懐した。
気まずさに屋上への足が遠のいて、あっという間に数日が経った。今日は、当の日曜日だった。あれからジョミーと会うこともなく、ブルーはこの日を迎えてしまった。
彼はどう思っただろうと、不安が消えなかった。どう思い返してみても、良い誘い方だったとは言えないだろう。これで、彼に嫌われてしまったなら、どうすればいいのか、皆目分からない。実際、普段から、ジョミーが自分をどう思っているのか、ブルーにはまるで分からなかった。
彼のことは、入学してすぐに知った。
判で押したように似通った生徒たちのなかで、ジョミーは、一際目立つ生徒だった。ほとんど授業には出ないが、成績は、トップクラスを維持し続ける。それだけでも異端だが、彼のクラスでは、彼が気まぐれに教室に姿を現すと、必ずと言っていい位に、何かしらの諍いが起こるらしい。他愛ないことでも、喧嘩へと発展させてしまう折り合いの悪さは噂になり、奇妙に大人びた進退は、誰もを遠ざけた。
ブルーには、ジョミーとの関わりはなかった。クラスは離れていたし、共通項と云えば学年くらいで、ブルーは、ごくたまに、廊下や教室で、彼を見かけるだけだった。彼は、いつも厳しい表情をしていた。そこまで気に入らないことがあるのか、と問うてみたくなるほどに、不機嫌に眉を寄せていて、いかにも人を寄せ付けにくい雰囲気が伝わってきた。
生徒との諍いは云うまでもないが、教師と言い合いをする場面にも、遭遇したことがあった。
まるで、全力で周囲に溶けこむまいと、抗っているようだ、とブルーは思った。賢しげな翠の瞳が、凍ったように光っていたのが、印象に残った。
自分以上に変わっている、と思った。
ブルーにとって人目を集めることは、自虐行為に等しい。目立たないこと。それが、ブルーの、学校生活を送る上での鉄則だ。だから、噂で聞くジョミーの挙動は、ブルーには、少しも共感できないものだったのだ。自分は、大勢の生徒の中に埋没しようとし、その逆を行こうとするのが、ジョミーだった。
関わりたくない。
それが、ブルーの正直な気持ちだった。
変化が訪れたのは、新しい学校にもなじみ始めた、初夏の匂いがする日だった。
その日の朝、ブルーは下駄箱を開け、ため息をついた。そこに在ったのは、顔も知らぬ女子生徒からの手紙である。それも二通。春先は平穏だったことを思い、暗い気持ちになった。手紙や呼び出しは、徐々にではあるが、増えている。ブルーの容姿に、周囲が行動を起こし始めたのだ。しかしブルーは、そんな好意には、とっくの昔に厭いていた。
ため息だけで済ませるはずが、気分が酷く沈んでしまった。手紙の仕舞われた鞄が、いやに重く感じる。一人になりたいと思った。けれどブルーには、人目を引くであろう“早退”という選択肢はなく、結局、苦し紛れの仮病で、保健室に居座った。
そして、必然のように、彼を見たのだ。
何気なく見上げた窓から、ちょうどいい位置の屋上に、ジョミーが居た。屋上は立ち入り禁止だった上に、別の理由でも目を疑った。一瞬、誰かと思った。
きらきら光をはね返す金髪と、翠色の眸。
あぁ、あの彼か、とワン・テンポ遅れて気が付いて、ブルーはさらに愕いた。
いつも、不機嫌な顔をしているはずの少年は、けれどその時、とても静かな表情をして、一心に空を見上げていた。校内で見かけるのとは、まるで別人のようだった。この時ブルーは、ジョミーの容姿が、なかなか好感を持てるものであることに、初めて気付いた。彼の仏頂面も思い出した。勿体ない、やさしい顔をしているのに、と思った。自分のことは棚に上げて、ブルーはそう残念に思った。
それから、ブルーは、何気なく、ジョミーの姿を目で追うようになった。
彼は、授業を抜け出し、多くの時間を屋上で過ごすらしかった。そして何をするでもなく、空を見ている。その時のジョミーは、決まって、不思議に落ち着いた様子で、何だか、寂しそうに見えた。
笑ってほしいな、と。笑った顔が見てみたいと、ブルーはそう、願うようになった。
とうとう、我慢が出来ずに声をかけたのは、ついこの間のことだ。
予想していた拒絶は、されなかった。呆気ないほど、容易く、ジョミーは、ブルーの存在を知ってくれた。
ジョミー一人の場所であった屋上へ、ブルーが通うようになっても、怪訝な表情こそしたが、彼は何も云わなかった。
文句があったら、相手が誰であれ、遠慮なく言ってのけるジョミーのことだ。まさか自分にだけ遠慮しているとも思えなかった。だから、少なくとも、傍に居ることは、受け入れてくれているのだ。もちろん、彼には、誰がどこに居ようと、どうでもいいだけかもしれないという可能性も、忘れられなかった。それでも嬉しかった。
ブルーは、ジョミーに沢山、質問をした。
(どうして空が好きなの。他に好きなものはあるの。君は、どうして世界を嫌うの。どうして、ぼくを受け入れてくれたの……。)
だが、応えるジョミーの態度は、曖昧だった。視線だけで、口を噤まされることもあった。
それでも、決定的な拒絶だけはされなかった。だから堪らず、ブルーは屋上へ足を運んだ。自分のいるこの世界を、好きになってほしいと願わずには、いられなかった。二人で眺める空が、彼ひとりで眺めるそれよりも、綺麗であればいい。そう、恥ずかしげもなくいつも思った。
ブルーは、ジョミーという少年のことが、好きだ。
作品名:THE PLANETARIUM 作家名:ぺあ