THE PLANETARIUM
後日談である。
「たくさん質問する理由なんだけど、」
「は?」
常のように、並んで屋上に居座っていたジョミーは、ブルーの唐突な切り出しにやや戸惑った。この少年は、無表情で感情の起伏が読めない分、いつも突飛に行動する印象を受ける。瞳さえ見ていれば、幾分感情は読み取れるのだが、不都合なことに、ジョミーは、ブルーの澄んだ蒼い瞳に、どぎまぎしてしまう。ずっと見つめるなんて、以ての外だった。物事を、斜め上から目を眇めて見るような、己の皮肉で荒んだ感性からしても、この少年の瞳は、綺麗、だと思う。そう感じることにも、また目が合うたびに何故か気まずい思いをすることにも、戸惑う。ジョミーは、動揺して、混乱する。まだ自分の中にも、感情、などという生々しいものが残っていたのか、と。
奇妙な記憶として受け継がれた、以前の生と、その悲哀は、これからもきっと、忘れられないだろう。しかし、こうしてブルーを見ていて、いつの間にか思い出したのだ。自分が、たかだか14年しか生きていないことを。
「君のことが知りたいって思うからなんだ」
「は、」
同じ音を続けて出してしまった。あまりと云えばあまりの内容だった。ブルーからは、率直過ぎる言葉ばかり、もらっている。どうも素直、なんていう言葉からはほど遠い性格のジョミーには、些か心臓に悪い。
やむなく先ほどまでの気まずさを棄てて、ジョミーはブルーを見た。視線は合わなかった。珍しいことだったが、少しだけ、安堵した。ブルーの白い貌は、その表面を一ミリも動かさず、完璧な造形を誇っている。故に、意図が掴めない。直球の言葉をぶつけてくるくせに、ポーカー・フェイスのブルーを、ひそかに恨めしく思うことがある。こちらが動揺させられっぱなしで面白くない、という理由でだ。
気が付いたら、今まで多くの時間をブルーと過ごしたジョミーだが、彼の無表情以外の表情を見たことは、片手の指で、数えられる回数分しかない。はっきりと覚えているのは、初めて逢ったときと、この間行ったプラネタリウムの、上映室で手を握られたときだ。後者のときは、ジョミー自身、普通とは云えない状態だった。不覚にも、泣きそうになっていたのだ。否、確かに涙は零れたのだから、それはもう泣いた、として差し支えないだろうが、そこは高いプライドの問題で曖昧にしておくとしても。プラネタリウムの映像が悪かった、とジョミーは思う。素晴らしくて、同時に忌々しくもある過去の記憶を、あんなにも刺激するとは。
突然、涙ぐんだことを不審がることもなく、ブルーは傍に居てくれた。あの優しげな表情が、ただ受け入れてくれることを伝えていた。きっと困惑もしただろうに、それを抑えた気遣いが、ジョミーには、予想外で、そして、とても嬉しかった。その後の甘ったるいお茶には閉口したが、結果的に、あの休日の外出を、ジョミーはそれなりに良い思い出として認識している。それはやはり、ブルーが一緒だったからだと、思うのだ。
ブルーという少年のことは、全く嫌いじゃない、とジョミーは心内で呟いた。こういう文脈で使った場合の“ではない”とは、その逆の気持ちを持っているということで、けれど、それをはっきり認識してしまえるほど、ジョミーは素直でも純粋でもない。自分が何かに少しでも執着することにさえ戸惑うのに、これ以上動揺の種を増やしたくない、というのが、ジョミーの正直な気持ちだ。
「何でそう思うのかっていうと、」
彼は人形のような顔で続けた。
「ぼくは、君が好きだから」
蒼い目は見えず、だからジョミーには、ブルーの感情の機微を掴むことができなかった。それでも、不自然に逸らされた顔が、どうしようもなく彼の緊張を伝えてしまったので、ジョミーは何と返して云いか分からず、熱くなった頬の扱いに困窮しながら、ありがとう、と、常よりかは幾分弱々しい声音で応えた。まいった、これじゃあ相思相愛というやつになるかもしれない、と考えながら。
作品名:THE PLANETARIUM 作家名:ぺあ