THE PLANETARIUM
ブルーが、両手にプラスチックの蓋付き紙カップを持って戻ると、ジョミーは最高に不機嫌な顔をして待っていた。こんな時は、自分の無表情の仮面に感謝する。おかげで、一瞬ちょっと怯んでしまったことを、彼に悟られなくて済む。
ブルーは、やはりそんな安堵も感じさせぬ何食わぬ顔で、ジョミーにカップの片方を差し出した。
「落ち着いた?」
しかし、その問いかけを、ジョミーは黙殺した。カップは素直に受け取ってくれる。ブルーは内心苦笑する。普段、あれだけ周囲に棘をはっている彼だ。涙を見せたことが、気まずいのだろうと分かった。さわらぬ神に崇りなし。特にリアクションもせず、手のひらを見せて買ってきた飲み物を勧める。しかし、カップの中身をひとくち口に含んだところで、ジョミーは、固まった。
「何だ、これは」
質問の意図が掴めなかったが、ブルーは、考えるまでもなく、率直かつ明確にそれに答えた。
「もちろん、ミルクティーだよ。ちなみにそっちはジンジャー風味で、ぼくのはキャラメル味」
「……腹が立つほどあまい」
ジョミーはうんざりしたように、舌を出した。あれだけ盛大に泣いていたのだ、疲れただろう、そんなときにはやはり甘いものだ、というブルーなりの連想と配慮だった。だが、彼には迷惑となってしまったらしい。こめかみを抑えて、気分が悪そうにしている。それがブルーの目には、少々大仰なように映った。
「そっちは、そんなに甘くないはずだけど?」
ブルーは自分の分を飲んでみる。
柔らかい甘さが、口の中に広がった。キャラメルのフレーバーが香る。幸せな味だ。そう思った時、その様子を目敏く窺っていたジョミーが、ため息をつく。わずかながらでも、喜色が表情に出たようだ。
「君に買いに行かせたのが間違いだった。まさか甘党だったなんて」
深刻な口調でそう云うと、ジョミーはこめかみを押さえ、俯いてしまった。
そういえばブルーは、ジョミーが甘いものを口にしているのを、見たことがない。というより、何かを口にするところを見たことがないのだ。二人が会うのは、いつもあの屋上だ。大体が、午前の授業を抜け出した(もしくは無視した)時間帯のことなので、さほど空腹でもないし、どちらかが食べ物を持ってくる、なんてこともなかった。好みなんて知りようがない。
ただの甘いもので苦しむジョミーが新鮮で、ブルーは申し訳なさを感じつつ、正直なところ楽しくなった。世界が嫌いだと言い放つ彼が、年齢通りの子供のようだった。今日は、新しい一面ばかり見ている。
「君は辛党?コーヒーはやっぱりブラックなの?甘いもの、小さい頃から苦手?お菓子は、」
ついいつもの癖でまくしたてた後、しまったと思いジョミーを見ると、彼は呆気にとられたのか、少しだけ目を見開いていた。けれど次の瞬間ふっと緊張が緩んだかと思うと、ジョミーは、微笑んだ。
「……君は、いつもそうだな」
呆れたようにしかしやわらかく。確かに笑うジョミーを見て、ブルーは真剣に心臓が止まるかと思った。それは、ずっと見たかった顔だった。想像通りに、とてもやさしい表情だった。
驚きに何も云えないブルーをどう受け止めたのか、ジョミーは口元に薄く笑みを残したまま、窓の外を見た。彼の視線の先は、いつも通り空である。
青くて、綺麗な空だ。
作品名:THE PLANETARIUM 作家名:ぺあ