二次創作小説やBL小説が読める!投稿できる!二次小説投稿コミュニティ!

オリジナル小説 https://novelist.jp/ | 官能小説 https://r18.novelist.jp/
二次創作小説投稿サイト「2.novelist.jp」

星をなくす日

INDEX|2ページ/4ページ|

次のページ前のページ
 


「とにかく落ち着きなさい。それ、飲んだらどうかな」
彼が指さしたのは、ジョミーが持ったままだったボトルだった。言葉通りの気遣いなのか今一つ判じかねる。言われなくてもそうするっつうの、と心の内でだけ反論しておいて一応は従うことにした。実のところ、寝起きの上に怒鳴ったからか咽喉がひりひりと痛んでいた。ごくごく、と音を立て嚥下する。少し温くはなっていたが充分美味しい。
「それと、僕にもよく分からない」
「はあ?」
「幽霊か、という質問の答えだよ。自分が数分前にした質問も忘れるようなら、医者の受診をお勧めするが」
呆れるほど自分勝手な話の進め方である。
けれど少なくともジョミーは、彼の告げた内容に興味を引かれた。自分でも分からないなんてことがあるのか。19年間生きてきて、幽霊(らしきもの)に遭遇するのはこれが初めてであるジョミーに、判るはずもなかった。しかし少なくとも、彼は嘘をついているようには見えない。
「……」
「けれど見ての通り、僕ははっきりした輪郭を持たない。おまけに鏡に映らないし、殆ど物にも触れられないんだ。これはもう間違いなく、幽霊とかお化けとか、そっちの部類に入れた方がいい状態なんだろうね」
怪奇的である、その本人が淡々と、いやむしろ楽しげに自分を分析している。こういうのなんて言うんだっけとジョミーは考えて、パッと思い出した。ああ、シュールだ。
ジョミーは特に夢見がちなわけではなかったが、それなりに超常現象やら幽霊の存在やらにスリルを求めるところもあったため、何となく期待を裏切られたような気がした。本当の心霊体験というのは、こんなに間が抜けたものなのか。それなら、世の中の大半の人が失望するだろう。
ジョミーはできるなら誰か場を冷静に取り仕切ってくれるような第三者に、この状況を整理して、自分が何をすべきなのか教えてほしかった。しかし、真面目にまず病院の心療内科へ行けとでも言われたなら、きっと立ち直れないだろう。ストレスでこんな奴が見えてたまるか。
知らないうちに、疲れたように溜め息をついていた。半分ほど中身の減ったボトルを冷蔵庫へ戻し、また男に向き直る。こうなったら付き合うしかない。
「で、その幽霊さんが僕に何の用なんだよ」
「協力してくれ、」
「協力?」
予想外の申し出だった。鸚鵡返しにした言葉に、男は頷いた。
「僕は、自分が何者なのかを知りたい。こうなった理由も」
「こうなったって、」
「幽霊というのは、死んだ人間がなるものだ。見た目だけなら、僕は普通の人間だろう?少なくとも僕には羽も角もないからね」
少し首を傾げてそう言う彼は、とても“普通”には見えなかったが、ジョミーはあえて黙殺した。中途半端な長さの淡い金髪が、何とも優雅に揺れた。つくづく容姿に恵まれた青年だった。
「何で……僕がそんなことを、」
元々真っ直ぐなところのあるジョミーは、この自己中心的な青年に対して少しずつではあったが同情を覚え始めていた。極端なマイペースさでこちらを苛立たせもするが、彼の言葉は真剣なように感じられる。だからこそ、どうしていいのか困惑した。
「君じゃなきゃ駄目なんだ」
驚いて見ると、彼の眼差しは真っ直ぐにジョミーへ注がれている。その熱のこもった視線にぞくりと込み上げるものがあって、ジョミーは慌てて一歩退いた。
「へっ変な言い方するなよ!」
「何を言ってるんだ。……僕を見ることができるなんて相手は、そうそう居ないんだよ。そんな君に協力を求めて、何がおかしい?」
怪訝そうに眉をしかめて告げられた言葉に、ジョミーは自分が脱力するのが分かった。同時にひどく恥ずかしくなった。自意識過剰すぎる。一種の危険な匂いを感じ取りそうになったことを、必死で否定する。相手がこんな見た目をしているからだ、とジョミーは責任転嫁を試みた。誰だってこんな美形に真剣に見つめられたら、妙な感じがするというものだ。
まぁ性格は最悪なようだけどとまで皮肉ってから、はたと気づいた。
「そういえば、あん……あなたの名前を訊いてなかった」
「人に名を訊くときは」
「ジョミーだよ!ジョミー・マーキス・シン!」
言わずもがなの指摘をされかけ、慌てて名乗ると、男は何ともつかない表情になった。大方文句を言い切りたかったのだろうが、ここは遮って叫んだジョミーの勝ちだった。多少なりとも溜飲の下がる心地であなたは?と促した。
「さあ。こうなる前のことは、覚えていないからね」
自分の名前すら分からないなんて、相当不安な状態なんじゃないのか。ジョミーはそう思ったが、それを告げた青年の態度は至極あっさりとしていて、どちらかと言えばのほほんとした風でもあった。杞憂だったらしい。
記憶喪失という言葉がジョミーの頭に浮かんだ。幽霊と言うのはそういうものなのか。もしかしたら相当面倒なことをやらされるんじゃ、と薄ら事の重大さを理解しかけたジョミーに向かって、彼は驚くべき提案をした。
「ああ、いっそ君がつけてくれ。これから世話になるんだから、それくらいはさせてやってもいい」
ペットじゃああるまいし。気軽につけられるものではない。
そんなの自分で考えろと言いかけ、けれどジョミーは男が楽しげな様子でこちらを眺めていることに気づいてしまった。その目は、きらきらと輝いているように見えなくもない。言葉とは裏腹に、積極的にそうしてもらいたいのだと分かる態度だった。期待されている。何でだ。
ジョミーは尻込みしつつも、その期待に押されるように小さな声で呟いた。
「……ブルー、とか」
「ブルー」
「あ、あんた青い目だから!」
慌てて付け加えたジョミーに、男は意外にも優しく笑って見せた。
「単純だが、悪くないな」
言葉もやわらかかった。さすが美形なだけはある表情に、ジョミーは続けようとした言い訳の言葉を飲み込まざるを得なかった。その双眸をきれいだと思っていたことまで悟られそうで、これ以上視線を合わせるのも気まずい。
空の青ではなく、柔らかく落ち着いた色合いの青である。何だか今日は、妙にこんな色に縁がある。ふと思った。
「じゃあジョミー。協力を引き受けたからには、しっかり働いてもらうよ」
「ちょ、ちょっとまだ協力するなんて言ってないだろ!」
一瞬で元のペースに戻った男を見て、流されかけた!とジョミーは我に返ったが、既に遅かった。
こうしてジョミーと、幽霊らしき男ブルーの奇妙な共同生活が、誰に歓迎されるでもなく幕を開けてしまったのである。


作品名:星をなくす日 作家名:ぺあ