closer
「笑えば良かったかな……」
ポケットから取り出した写真は、竹田崎と初めて出会ったあの時に撮られた物だった。あの時は撮ったものがこんな形で思い出になるとは思わなかった。あの時、
「ひとつ忘れておりました」
「うわっ」
背後から、今さっき別れたはずの人物の声がした。この男が神出鬼没なのは判っているが、それにしても心臓に悪い。振り向く前に、真坂木は目の前に現れた。
「なんだよ……」
「いい反応ですね。この世界でのご自宅ですが、前と場所は同じになっておりますので……」
「…………。」
確かに、街自体が、いや世界が変わっていた。この世界はどうなっているのか若干、もしかしたらそれ以上に判らないことが多い。そして、彼がそのことを告げるまで、そんなことを考えても居なかった。そういえば、初めて敗戦した時も何が自分の身に起きるのか分からなかった。あの感覚に似ている。
「ただし」
「ただし?」
意味深な引きを作って話す真坂木に問いただすと、ニヤッと底意地の悪そうで、それでいて無邪気とも取れる笑みを浮かべてこう告げた。
「少々形は変わっておりますので、それでは……」
「ったく…………」
あっさりと、しかも解答になっていない言葉だけを残して真坂木は文字通り消えた。周囲の喧噪が再び蘇る。
とりあえず、帰宅するしかないようだ。この世界が、この世界での自分がどうなっているのか気になるのだ。
「か、鍵がない……」
あの最後の闘いの後のままのはずなのに、写真はあれど鍵が何処を探しても服からは出てこなかった。付け加えれば財布もない。もはや、絶望的とも言える。これはどう帰宅すればいいのかと、どうせならせめて開けてくれるか、鍵も渡してくれれば良いモノをと真坂木に対して愚痴る。
あのワンルームのアパートは少しだけ形を変えていた。面積は坪数は変わらないだろうが建物が変化している。アパートには変わらないのだろうけど、部屋数でも増えているのだろうか、ワンフロアの部屋数が減っている。
「まー押してみるか」
案外、呼び鈴を押したら『お待ちしてました~』と真坂木が出てくる、そういうこともありそうだ。むしろ、あの男ならありえる。
自分の部屋の呼び鈴を押す機会なんて滅多に無い、そう公麿はブザー押した。その瞬間だった。
ドアが開いた。やっぱり、そう来たか、真坂木だろうと顔を上げた瞬間、公麿は硬直した。
「帰ってこないと思ってたぞ……」
「えっ……」
そこに立っていたのは、三國壮一郎だった。紛れもない彼で、あの黒いコートは着ていないが、彼と初めて出会った時のようなラフな服装をしている。
「公麿……」
「えっ、えっ」
名前を呼ばれ抱き締められた。三國は自分を名前で呼んでいただろうか、そんな記憶はないしそれよりも、目の前の三國には顎髭が無かった。それだけで幾分か若く見える。
「具合はもういいのか? 大丈夫なのか?」
「あの…… その……」
この世界の公麿は何処か具合でも悪かったのだろうか、それにしても何故三國がいるのか状況が掴めない。なによりも、彼に抱擁されていることが理解不能だ。
「ん? とりあえず中に入ろうな」
ゆっくりと身体を離し、肩を抱き中へと招かれる。
「えっと……、三國……さん?」
「そうだ。壮一郎と呼んでいいと言ってるだろう」
問い掛けると、三國は頷きそして名の方で呼んで欲しいと訴えてきた。これは、通貨がドルに変わったことから、ファミリーネームではなく、ファーストネームで呼ぶ風習になっているとかそういうことなのだろうか……
「えっ、あ……そ、壮一郎……さん」
「よろしい、お茶でも煎れよう」
まるで名で呼ぶまでは中に入れないと立ちはだかる三國の名を呼ぶと彼は満足したのか、室内へと導いてくれた。音を立てて閉まる扉の音に公麿は不安を感じていた。
「えっ、その……」
何故、ここは公麿の家のはずなのに三國がそんなことを言うのだろうか、そして今の公麿に起きている状況をどう説明すればいいのだろうか、どうしていいか判らないと戸惑う青年に三國は椅子を勧めた。
「判っているつもりだ。まずは落ち着かないか?」
「はあ…………」
この状況にどう落ち着けばいいのかと思ったが、まずは状況を整理することが先決だろうとその三國の提案に乗ったのだ。
「えっ、俺、記憶喪失なんですか?」
「喪失というよりも、混乱しているといった方が正しいかな」
「はあ……」
「少し前に事故に遭ってな、外傷はたいしたことがなかったショックで記憶に混乱が生じているんだ」
「そ、そうなんですか?」
三國の説明によると、この世界での余賀公麿は数ヶ月前に事故に遭い入院していたらしい。身体の方は完治はしたが、それ以来記憶が混乱しているという。
その混乱は単純な記憶喪失ではなく、なんでも別の世界から自分はやってきたと主張するらしい。精神でも病んだのかと、そのような治療も受けているが、その傾向もなく混乱しているだけだろうということで、自宅で療養中とのことだそうだ。
今日も、外の景色を見れば何か思い出すだろうと一人で出かけたらしい。
話を聞くに、その『事故』と『入院中』の期間が、あの金融街に居た期間と近く、つまりは記憶の改変がそう言う形で出てきたということだろう。だけど、何故目の前の三國は記憶を有していないのか、なによりもどうして此処にいるのか、そして自分との関係はと悩むことばかりだ。
「それで、三國さんはどうして此処にいるんだよ?」
その質問に少し悲しげに三國は微笑んだ。ああ、最後戦った時に見せた悲しげな表情に似ている気がした。
「何回目かな、これで……」
「あっ、悪りぃ」
「かまわんよ。落ち着いてから聞いて欲しい、いつも君は取り乱すからな」
どうやら公麿は、記憶に混乱を生じてから何度も自分と三國との関係を問うているようだ。
「恋人同士だ」
「はぁ?」
「ここで同棲している。因みに、肉体関係もある」
「あっ、ありがとうございます」
硬直した公麿に対し、今日は暴れないのだなと薄く三國は笑っている。暴れる、暴れないの前に何がどうなっているのかが判らない。ふと、この事態判っているたった一人の人物の名前が浮かんだ。
『真坂木』
「お呼びになりました?」
一瞬にして世界は、真坂木に初めて出会った時のように、周囲に何もない空間へと変わった。あの世界から隔離され、時の流れない場所へと連れてこられた。
「どういうことなんだよ」
「ですから、少々変わってますよ。と言いましたが……」
「少々どころか、これ嫌がらせだろ」
「ですが……懸念したいたことが確認出来て宜しかったでしょう?」
最後、『永遠の今に留まる』と言い放った三國の言葉に、彼のその後がどうなるかは心配していた。この世界の何処かで『今』を生きていればいいと願っていたが、こんな形で知ることになるとは思わなかった。
「これ、三國さんには記憶無いの?」
「はい。基本的にはみなさまの記憶を上書きしております。貴方様は特例でして……」
「特例?」
ポケットから取り出した写真は、竹田崎と初めて出会ったあの時に撮られた物だった。あの時は撮ったものがこんな形で思い出になるとは思わなかった。あの時、
「ひとつ忘れておりました」
「うわっ」
背後から、今さっき別れたはずの人物の声がした。この男が神出鬼没なのは判っているが、それにしても心臓に悪い。振り向く前に、真坂木は目の前に現れた。
「なんだよ……」
「いい反応ですね。この世界でのご自宅ですが、前と場所は同じになっておりますので……」
「…………。」
確かに、街自体が、いや世界が変わっていた。この世界はどうなっているのか若干、もしかしたらそれ以上に判らないことが多い。そして、彼がそのことを告げるまで、そんなことを考えても居なかった。そういえば、初めて敗戦した時も何が自分の身に起きるのか分からなかった。あの感覚に似ている。
「ただし」
「ただし?」
意味深な引きを作って話す真坂木に問いただすと、ニヤッと底意地の悪そうで、それでいて無邪気とも取れる笑みを浮かべてこう告げた。
「少々形は変わっておりますので、それでは……」
「ったく…………」
あっさりと、しかも解答になっていない言葉だけを残して真坂木は文字通り消えた。周囲の喧噪が再び蘇る。
とりあえず、帰宅するしかないようだ。この世界が、この世界での自分がどうなっているのか気になるのだ。
「か、鍵がない……」
あの最後の闘いの後のままのはずなのに、写真はあれど鍵が何処を探しても服からは出てこなかった。付け加えれば財布もない。もはや、絶望的とも言える。これはどう帰宅すればいいのかと、どうせならせめて開けてくれるか、鍵も渡してくれれば良いモノをと真坂木に対して愚痴る。
あのワンルームのアパートは少しだけ形を変えていた。面積は坪数は変わらないだろうが建物が変化している。アパートには変わらないのだろうけど、部屋数でも増えているのだろうか、ワンフロアの部屋数が減っている。
「まー押してみるか」
案外、呼び鈴を押したら『お待ちしてました~』と真坂木が出てくる、そういうこともありそうだ。むしろ、あの男ならありえる。
自分の部屋の呼び鈴を押す機会なんて滅多に無い、そう公麿はブザー押した。その瞬間だった。
ドアが開いた。やっぱり、そう来たか、真坂木だろうと顔を上げた瞬間、公麿は硬直した。
「帰ってこないと思ってたぞ……」
「えっ……」
そこに立っていたのは、三國壮一郎だった。紛れもない彼で、あの黒いコートは着ていないが、彼と初めて出会った時のようなラフな服装をしている。
「公麿……」
「えっ、えっ」
名前を呼ばれ抱き締められた。三國は自分を名前で呼んでいただろうか、そんな記憶はないしそれよりも、目の前の三國には顎髭が無かった。それだけで幾分か若く見える。
「具合はもういいのか? 大丈夫なのか?」
「あの…… その……」
この世界の公麿は何処か具合でも悪かったのだろうか、それにしても何故三國がいるのか状況が掴めない。なによりも、彼に抱擁されていることが理解不能だ。
「ん? とりあえず中に入ろうな」
ゆっくりと身体を離し、肩を抱き中へと招かれる。
「えっと……、三國……さん?」
「そうだ。壮一郎と呼んでいいと言ってるだろう」
問い掛けると、三國は頷きそして名の方で呼んで欲しいと訴えてきた。これは、通貨がドルに変わったことから、ファミリーネームではなく、ファーストネームで呼ぶ風習になっているとかそういうことなのだろうか……
「えっ、あ……そ、壮一郎……さん」
「よろしい、お茶でも煎れよう」
まるで名で呼ぶまでは中に入れないと立ちはだかる三國の名を呼ぶと彼は満足したのか、室内へと導いてくれた。音を立てて閉まる扉の音に公麿は不安を感じていた。
「えっ、その……」
何故、ここは公麿の家のはずなのに三國がそんなことを言うのだろうか、そして今の公麿に起きている状況をどう説明すればいいのだろうか、どうしていいか判らないと戸惑う青年に三國は椅子を勧めた。
「判っているつもりだ。まずは落ち着かないか?」
「はあ…………」
この状況にどう落ち着けばいいのかと思ったが、まずは状況を整理することが先決だろうとその三國の提案に乗ったのだ。
「えっ、俺、記憶喪失なんですか?」
「喪失というよりも、混乱しているといった方が正しいかな」
「はあ……」
「少し前に事故に遭ってな、外傷はたいしたことがなかったショックで記憶に混乱が生じているんだ」
「そ、そうなんですか?」
三國の説明によると、この世界での余賀公麿は数ヶ月前に事故に遭い入院していたらしい。身体の方は完治はしたが、それ以来記憶が混乱しているという。
その混乱は単純な記憶喪失ではなく、なんでも別の世界から自分はやってきたと主張するらしい。精神でも病んだのかと、そのような治療も受けているが、その傾向もなく混乱しているだけだろうということで、自宅で療養中とのことだそうだ。
今日も、外の景色を見れば何か思い出すだろうと一人で出かけたらしい。
話を聞くに、その『事故』と『入院中』の期間が、あの金融街に居た期間と近く、つまりは記憶の改変がそう言う形で出てきたということだろう。だけど、何故目の前の三國は記憶を有していないのか、なによりもどうして此処にいるのか、そして自分との関係はと悩むことばかりだ。
「それで、三國さんはどうして此処にいるんだよ?」
その質問に少し悲しげに三國は微笑んだ。ああ、最後戦った時に見せた悲しげな表情に似ている気がした。
「何回目かな、これで……」
「あっ、悪りぃ」
「かまわんよ。落ち着いてから聞いて欲しい、いつも君は取り乱すからな」
どうやら公麿は、記憶に混乱を生じてから何度も自分と三國との関係を問うているようだ。
「恋人同士だ」
「はぁ?」
「ここで同棲している。因みに、肉体関係もある」
「あっ、ありがとうございます」
硬直した公麿に対し、今日は暴れないのだなと薄く三國は笑っている。暴れる、暴れないの前に何がどうなっているのかが判らない。ふと、この事態判っているたった一人の人物の名前が浮かんだ。
『真坂木』
「お呼びになりました?」
一瞬にして世界は、真坂木に初めて出会った時のように、周囲に何もない空間へと変わった。あの世界から隔離され、時の流れない場所へと連れてこられた。
「どういうことなんだよ」
「ですから、少々変わってますよ。と言いましたが……」
「少々どころか、これ嫌がらせだろ」
「ですが……懸念したいたことが確認出来て宜しかったでしょう?」
最後、『永遠の今に留まる』と言い放った三國の言葉に、彼のその後がどうなるかは心配していた。この世界の何処かで『今』を生きていればいいと願っていたが、こんな形で知ることになるとは思わなかった。
「これ、三國さんには記憶無いの?」
「はい。基本的にはみなさまの記憶を上書きしております。貴方様は特例でして……」
「特例?」