福引
狭い空間に熱気が満ちていた。
「あ……」
学生服の下にパーカーを着こんだ、見るからに気の強そうな目の少年が、その目を切なげに細め、握りしめたものに目を落とし、苦しげに声をしぼり出す。
「ダメだ、こんなんじゃ……全然足りねー……」
側に体を支えるように立っている男……こちらも制服姿の男子高校生……をうるんだ目で見上げる。
「俺、もっと欲しいよ、くぼちゃん……」
「欲張りだね、時任……」
眼鏡をかけた男は、その奥の一見おだやかそうな、それでいて何を考えているのか読みにくい細い目を、相手に向けてきらりと甘く輝かせた。
「じゃあ、次は一緒にイこうか……?」
ふたり、じっと見つめ合う。顔を近づけて、唇が触れそうな距離で。
完全にふたりの世界。だが、次の瞬間にはそれが破られた。
「だあぁぁぁあーっ!」
側に立っていた制服姿の女子高校生が、『我慢の限界』と、悲鳴ではなく怒声を上げる。そしてどこから取り出したのかハリセンでパンパンとふたりの頭を順々に叩いた。
「久保田センパイーッ」
もうひとり、男子高校生が、こちらはか細く嘆きの声を上げ、何故かその場によよと泣き崩れる。
ざわざわ……
食品売り場近くの狭い休憩所で騒ぐ4人に通り過ぎる買い物客の目が注がれる。
「桂木ちゃん、ここスーパーの中よ?」
久保田が人差し指を口に当てて『シーッ』と示す。
その注意は正しかったが、怒っているほうの理由もまた正当なものだったので、火に油をどぼどぼと注ぐ結果となった。
「わかってるわよッ! わかってないのはあんたたちのほうでしょーがッ!」
桂木が手にしたハリセンをぐしゃっと握りしめる。
「人目もはばからず何をやってんのよ、何をッ!」
きょとんとした時任が握りしめたものを広げる。
「何って……。だっからさぁ、この福引券!」
一目瞭然、黄色い薄っぺらい紙に大きな黒い太文字で『福引券』と書かれている。そしてもう1枚、こちらには『福引券用ポイントカード』と書かれていた。碁盤のようなマスは上から3番目までが埋まり、線を引かれていて、4段目は中途半端なところで止まっている。
「みんなであんだけ買い物しまくってまだ3枚じゃん。これじゃ全然足りねぇっての! 少なくともひとり1回ずつでもう1枚は欲しいよな?」
「そうだねぇ。上の本屋も対象みたいだから行ってみる? 楽に500円超えるっしょ」
「本屋かー。今、俺、欲しい本ねーんだよな。くぼちゃんは?」
「ま、探せば何かあるでしょ」
『麻雀本とか』と久保田が言うと、『あ、そうだ。俺様、ゲームの本欲しい』と当然のように時任も言う。この場合、どちらが優先されるのか、は、ともかく……それは一緒にいた他のふたりに大きなため息を吐かせた。
「まーだ買うんですかぁ。いいじゃないですか、3枚でも……」
「バカッ。ここでやめたら200円損だろ? ポイント制なんだから。あと300円っ」
時任は意気込んで仁王立ちでぐっと拳を握る。その腕にはビニール袋がぶら下がっている。中身はお菓子。
そんな時任に冷たい目が注がれる。
「どうせ当たりませんよ」
「藤原ッ」
そのひとつめはあっさり頭を叩かれつぶされる。
もうひとつめ、怒りを通りこして呆れた様子の桂木が、再び大きなため息を吐いて冷静に指摘する。
「あのねぇ……そうやってどんどん買い物していって、何も当たらなかったらどうするのよ。あんただけのお金じゃないわよ?」
「そうですよねー。最悪ティッシュ4個ですよ? 2000円も出して」
時任に一度黙らされた藤原が、『おっしゃる通り』と懲りずにその発言に乗っかる。にこにこ笑顔に似たものを浮かべて言って、それから真顔に戻ると、嫌味たっぷりに『みんなにどう言い訳するんでしょうねー』と時任を横目に見ながらつぶやく。当然、二度目のしばきが入り、呆気なく黙らされる。
「まあ、まあ」
のんきにタバコをふかしていた久保田がまたのんびりと口を開く。
「いーんでないの、2000円くらい。それにほら、当たるかもしんないし?」
やる気のなさそうな外見にそぐわない意外なプラス思考……と、誰もが思うところだが、桂木が目を据わらせて『久保田くんは時任に甘いんだから』とさらりと言う。それを否定も肯定もせずに、久保田は他人事のようにタバコを味わう。ちなみに、そこは禁煙。
ひとり、時任は久保田の言葉に嬉しそうにニッと笑う。
「おうッ! 絶対に当ててやる!」
藤原が『どこから来る自信ですかーッ』と嘆く。結構本気で嫌がっている。
「目指せ、あと300円ッ。行こうぜ、くぼちゃんッ」
「はいはい」
「だからこのふたりと買い物に来るの嫌だったのよ」
「しょーがねぇじゃん、桂木、じゃんけん負けたんだからッ」
「そうそう。最初から来るつもりだった俺たちはともかく」
「俺はなんで連れてこられたんですかーッ」
「荷物持ちよッ! 女の子に荷物持たせて平気でいるつもりじゃないでしょーねッ?」
「もう荷物持って帰りますーッ」
「あ、そ。じゃ、久保田くんともお別れね」
「えっ、それはヤだ……」
ガサガサと袋を揺らし、わいわいと騒ぎながら移動する。