福引
結局3000円分の買い物をして、福引券は全部で6枚。
たくさんの買い物客にまじって、4人はスーパー前の福引所に並んでいた。
びらっと手に持った券を広げた時任が隣の久保田の顔を仰ぎ見る。
「ジャンケンで順番決めっか」
「ンー、そうね。どうする? 桂木ちゃん」
「誰かふたり2回になるわね。私は別にいいけど……」
時任に尋ねられた久保田が斜め後ろの桂木に目を落とし、尋ねられた桂木が久保田に視線を向ける。最後にちらっとだけ確認の目を向けられた藤原は不機嫌に答えた。
「俺もいいです。そんなのやりたがるほど子どもじゃありませんから。誰かさんと違って」
ムスッとして言ったのは『誰かさん』への皮肉だ。それがわかっているのかいないのか、時任がごく普通になんの嫌味もこめずにさらりと言った。
「藤原って運なさそうだよなー」
「どういう意味ですかッ!」
そうしてまた争いが始まる。
そんなふたりをよそに、桂木は福引所に張られた紙を眺める。一等が旅行で、はずれがティッシュ……というのは定番だが、二等や三等の米袋や割引券やらが一応スーパーマーケットらしい。
「一等、沖縄旅行……ね。ねえ、もし当たっちゃったらどうする?」
『そんなことあるわけないけど、一応……』という口ぶりで、桂木が久保田に尋ねる。久保田は『んー』とうなってから答えた。
「ひとり分はカンパだぁね」
ぽかんとして桂木がもう一度張り紙に目を向けてまじまじと見る。
一等、沖縄旅行、三泊四日、5名様。
「ああ……そっか」
執行部のメンバーは6人。プラス1。本当は、『ふたり分』カンパである。のけ者にされているのが誰かはともかく。
「んー、でも、他にもいろいろと問題あるわね……」
費用以外にも、時期の問題とか、学校の問題とか……。
思いつく問題を重ねていく桂木。聞いているのかいないのか、何も不安そうではない久保田。さすがに店員に止められた煙草を今はくわえず、買ったばかりの麻雀雑誌を読んでいる。それでも、どこに表れているというわけでもないが、どことなく嬉しそうだ。
そんな久保田に気付いて、問題点を連ねる口を止めて、桂木がじっとその横顔を眺める。そして、怒っているのでもなく、呆れているのでもない、力の抜けた調子で言った。
「久保田くんは、当たっても当たらなくてもどうでもいいのよね。時任が楽しければ」
言われた久保田が『ん?』と細い目を桂木に向ける。
「うーん」
ぽりぽりと頭をかきながら、とぼけた顔をしていたが、やがてわずかに唇の片方を持ち上げた自嘲に近い笑みを見せると、その表情に似合った言葉を吐き出した。
「……ひどいとか思わない?」
桂木はひょいと肩をすくめて返した。
「別に。久保田くんに優しくしてもらおうなんて思ってないもの」
自分ではなく誰か他人のことについて、それも面白がっているようにも取れる言い方で、久保田はそう言った。『そう思うでしょ?』という、『それが正しいのだ』という言い方で。それに対して、桂木はあっさり『別に』と言った。
一緒に買い物をして福引券をもらい、そのために一緒に並んでいる、この状況で……男性が『どうでもいいと思っている』とわかって、女性ならば普通すねたり、責めたりするところだ。『どうでもいいってどういうことよ』『私といて楽しくないの?』と。しかし、わかっているので腹も立たないという様子で、桂木は肩をすくめて見せる。
相手に優しくしてもらおうと期待していればがっかりするのだろうが、桂木はそんなことを思ってはいなかった。『ひどい』ということについては特に否定もしていないが。
久保田は雑誌から顔を上げて、少し眉を下げて申し訳なさそうな顔で桂木を見る。
「荷物くらい持ったげてもいいんだけど……それはもう藤原が持ってるしねえ?」
「い……いいわよ、別に。いいってば」
驚いた様子で、桂木がちょっとたじろいだ。
久保田も持っているが、桂木の分は……とはいえ(雑誌は除き)買ったものは一応『執行部全員』のものなので、単純に『荷物を分けると』という意味で……買ってすぐ藤原に『アンタ持ちなさい!』と押し付けている。
久保田の口元に先ほどとは違う少し柔らかな笑みが浮かぶ。正直なものだった。
「強い女って好きよ」
「あー、はいはい」
桂木は『そういうこと言うわけねぇ……』と額に青筋浮かべていい加減に遮る。
さらりと出された言葉に、女性ならみんな勘違いしてしまいたくなるというもの。したらしただけ損なのだが。そして、相手も確実にそれをわかっていると承知しての言葉。他意はない。が、こういうところが、余計始末に負えない。わかっていても勘違いしたくなるという……、罪深い男。
桂木ははぁと深いため息を吐いた。
その横では、時任と藤原のふたりがギャーギャーと騒いでいた。
「やるからには当ててやるッ」
「馬鹿じゃないですか! 当たるわけないでしょーッ」
「だからそういうこと言うんじゃねーよ! 当たりたくねーのかよッ?」
「当たりたいですよ! 決まってるじゃないですかッ。久保田センパーイッ」
「あッ、てめッ……くぼちゃんに触んな!」
がばっと斜め後ろから藤原が久保田に抱きつき、時任が怒りに顔を引きつらせる。
構わずべっとりと久保田の背に張り付いた藤原はうっとりと頬を染め、脳内で何やら妄想している。先ほどの場面が変換されて再生されている。『欲張りだね、藤原……今夜は寝かさないぜ……』『あッ、久保田せんぱい……ッ』的なことにすり替わっている。
「一緒に沖縄旅行に行きましょうねーッ」
「行かせるか、バカッ」
時任の怒声が響き渡る。そしてまたふたりは再びケンカを始める。
桂木が『どうするの?』と目で久保田に尋ねる。
「5人しかいけないのよね……?」
「5人……か……」
「どうしたの? 久保田くん」
「いや?」
怪訝そうな桂木にニッと笑って、藤原の首を抱きかかえて絞めている時任をちょいちょいと呼ぶ。
「時任、時任。ほら、順番」
「え、もう?」
「もーすぐ」
時任は藤原からパッと手を放し、おとなしく久保田の横に収まる。その後ろでは藤原がゼェゼェハと荒い息を吐き、桂木がその騒動に頭を痛め、『情けない』と額を押さえている。