軽挙妄動
エドが地面に生じた亀裂に飛び込む、少し前。
ロイは落下しながら咄嗟に焔を起こし、自分の周りの空気を熱して外套に孕ませた。
周りの空気より軽くなった熱せられた空気は上昇しようとした所を外套に阻まれ、ぶわりと外套を膨らませた。
自然に落下速度が落ち、ロイは寸での所で地面に叩きつけられる事を免れた。
大人より軽い、子供の身体であったからこそ、出来た事だった。
無事に地面に降りる事の出来たロイは自分がたった今落ちて来た亀裂を見上げ、肩で大きく息を付いた。
ここから上がる事は、不可能だと判断したロイは、自分が落ちたその場所を把握しようと辺りを見回した。
薄暗くて最初は解りにくかったが、小さな焔で辺りを照らせば、そこは執務室程の広さの部屋だと言う事が把握出来た。
「ここは…」
ぽつりと声を漏らし、そこにある物を見回す。
紙の散乱したデスク。
壁に描かれた幾つもの錬成陣。
クリップで纏められた数枚の写真。
空の小さな檻。
そこは、明らかにキメラを錬成する為の、研究室だった。
「まさかこんな所でこんな物が見付かるとはな…」
様々なキメラを写した写真を見ながら、ロイは言葉を漏らした。
「廃鉱を利用すれば人も近寄らんか…」
ぱさりと写真をデスクに置き、手に付いた埃を払って再び辺りを見回す。
右側と左奥にドアを見付け、障害物が少ない左奥のドアの方に、土砂を避けながら移動する。
ノブを回すとドアはキイィ、と錆びた音を立て、どうにか普通に開いた。
蝶番が腐食しているようだったが、まだドアとしての機能はしているあたり、つい最近迄開閉されていたのだろう。
その証拠に蝶番の腐食した部分にオイルの注した跡があり、また床の開閉範囲の埃の跡も他より薄かった。
ドアの向こう側の部屋を覗くと、そこには仮眠用の狭いベッドが置いてあり、どうやらここが寝室だったらしいと
把握出来た。
サイドテーブルにスタンドライトがあるのを見付け、スイッチを入れてみると、ぼんやりとした明かりが灯った。
「通電はしているのか…」
ぽつりと呟き、取り敢えずベッドによじ登って腰を落ち着ける。
さて、どうしたものか。
ロイは壁に背を預け、腕を組んだ。
あの様子だと、助けが来るまで時間が掛かるだろう。
だが街まで爆発音が届いていれば、エドが気付く筈だ。
そうすれば何とかなる。
恐らく、朝が来るまでには。
「・・・明けない夜など、無いさ・・・」
自分に言い聞かせるように呟き、ロイはゆっくりと息を吐いた。