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言えなかった言葉

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『------ル、……アル、起きろ、アルフレッド』
揺さぶられて、アルフレッドは目を覚ます。
まだ、眠い眼を擦り、目の前に顔がある彼にふと微笑むと、そのまま彼の頬に口付ける。
『おはよう、アーサー。』
アルフレッドのキスに少し照れたように笑うと、アーサーも同じように返してくる。
『ったく、何度呼んでも起きやしねぇ。今日はお前の誕生日の式典だろ。準備しねぇと遅れるぞ。』
笑いながらそう言うアーサーは、アルフレッドの額に軽く小突く。
『ああ、そうだったね。支度しなくちゃ。けど、おなか空いたんだぞ。』
少し膨れた顔で俺がそう言うと、アーサーは声を上げて笑った。
『あと、紅茶と、お前の珈琲入れたら、朝飯に出来るから、着替えて来い。ああ、着替えは、クローゼットの前にあるから。』
そう言って、キッチンへと踵を返すアーサーの後姿は、いつも以上にきちんとした服装だった。
『あ、アーサー……』
ベッドから抜け出しながら、アルレッドが呼び止めると、アーサーが後ろを振り向く。
『ん?なんだ?』
少し俯き加減で、アーサーを直視出来ないまま、そのままベッドに座り込む。
『------今日は、調子がよさそうだね。その……おめでとうは言ってくれないのかい?』
不安そうに問いかけるアルフレッドに、アーサーが笑った。
『お前なぁ……、俺が具合悪くならなくなってから、何年経ってると思ってるんだ。もう、具合悪くなったりしねぇよ。もぉ、気にするな。
 つか、日付変更かわった途端に、散々言わせたくせに、まだ言わせるのかよ。』
呆れ顔のアーサーにそう言われて、何がなんだか分からないアルフレッドは、きょとんとした顔でアーサーを見た。
『早く来いよ、朝飯冷めちまう。』
また、部屋のドアに向かい始めたアーサーに、どう声をかけていいのか、アルフレッドは悩んだ。
『今日の式典は、かっこよく決めろよ。誕生日、おめでとう、ダーリン』
照れ笑いをしながら、アーサーは部屋を出て行こうとする。
『ちょ、アーサー、まっ』
そう言いかけた時、けたたましく目覚ましの音が鳴る。
目覚ましの音と、アーサーの閉めたドアの音で、目の前が暗くなる。
そして、遠くのほうで、目覚ましの音が鳴り響く。
拳を振り上げ、その音の元凶を叩き壊したところで、目が覚めた。
「っ……最悪だ……」
アルフレッドは、そのまま起き上がり、頭を抱えた。




『もう、君のおままごとに付き合うのはごめんなんだぞ。』
『アル!!』
『もう、俺は君の弟じゃない。君なんて必要ないんだ。さよなら、アーサー。俺は君から独立するよ』
「------る……アル!!」
そう言って、アーサーは飛び起きる。
辺りを見回すと、見慣れた自室。
深く溜息をつくと、ぐっと吐き気を催す。
「げほっげほっ……、あー……」
口元を手でおさえ、咳き込むと、手に血がつく。
それを見たアーサーは、血の付いた手で口元を拭うと、サイドボードの上に置いてあるティッシュで、血をふき取り、そのまま丸めてベッド横のゴミ箱に投げ入れた。

不意に、部屋のドアがノックされる。
返事もせず、無言でドアのほうを見ると、ゆっくりと開いた。
「アーサー様、おはようございます。少しは眠れましたか?」
傍まで入ってきた彼はトレイの上に、水の入ったコップをアーサーに手渡す。
アーサーは、それを無言で受け取り、一口、口に含むと、口の中に血の味が広がる。
「ああ、いつの間にか少しだけ寝てたみたいだな。ほんの、10分程度だったかもしれないけどな・・・。わりぃな、ハワード……。」
ほとんど飲んでいない、コップをハワードに差し出し、彼が受け取るのと同時に、咳き込む。
「そうですか……。けれど、無理はしないでください。
 ……今日は、行けそうですか?
 無理そうなら……」
心配そうに覗き込んでくるハワードに、軽く笑む。
「いや、行くよ。行かないと拗ねそうだしな……。
 道中、迷惑かけるかもしれねぇが、よろしく頼む……。」
力なく笑うアーサーに、ハワードは戸惑った。
こんな状態で、アメリカまで行かせたくないのは愛国心からか。
「迷惑だろぉと、なんだろうと、かけりゃいいんだよ。
 ハワード一人じゃ、大変だろうから、俺様が来てやったぜ、ケセセ。」
開きっぱなしになっていた、ドアに背もたれるように、腕を組んだギルベルトが立っていた。
「は?なんでお前がいるんだよ?!」
展開についていけないアーサーは、ハワードとギルベルトの顔を何度も見る。
「昨夜、電話がギルベルト様からかかってきまして、アーサー様の容態を聞かれたので、答えたら、明日迎えに行くっておっしゃって……。」
申し訳なさそうに、ハワードがそう言うと、アーサーは頭を抱えた。
「ケセセ、どうせ、んな体調じゃ、あっちに行っても立ってるのすら辛くなんだろうからな。
 ハワードじゃサポートできねぇとこは、任せろ。」
そう嬉しそうな笑顔で言うギルベルトに、アーサーは溜息をつく。
「ったく、ほっとけばいいじゃねぇか、俺なんか……。」
頭を抱えたまま、そう言い放つと、アーサーの頭に何かが触れる。
「ほっとけるかっつーの。
 昔のよしみだ、たまにゃ頼れよ。」
ニヨニヨと笑うギルベルトをアーサーが怪訝そうに見ると、頭の上の手を払いのける。
「昔のよしみったって……お前……。」
何度目かの深い溜息をつくと、アーサーは咳き込む。
それに心配したのか、ギルベルトの頭上から、小鳥が飛んできて、アーサーの肩に止まり、彼の頬に擦り寄る。
「あー、血出てるじゃねぇか。」
ギルベルトはサイドボードのティッシュを取ると、そのままアーサーの口元を拭う。
「あ……、わりぃ……。」
申し訳なさそうにアーサーが言うと、ギルベルトはケセセと笑う。
「ギルベルト様は、ここの所、ずっと心配で、毎日電話してくださっていたんですよ。」
一連のことを見ていたハワードは、笑いながらギルベルトからティッシュを受け取ると、そのままゴミ箱に投げ入れる。
「あっ、ちょ!!ハワード!!
 秘密だって言っただろうが!!」
むきになってそう怒るギルベルトがおかしくて、ハワードは更に笑う。
それに釣られて、アーサーも軽く笑った。
「まぁ……あれだ、お前が元気ねぇと、アルフレッドのストッパーがいねぇんだよ。
 これさえ、乗り切れれば、あとは寝込んでたって、かまわねぇから。
 ったく、小鳥だって心配してんだぞ。」
照れ隠しをするかのように、饒舌でしゃべるギルベルトは、ばつが悪そうにアーサーの頭をくしゃりと撫でた。
「ああ、悪いな、小鳥。」
アーサーも照れ隠しなのか、肩にとまった小鳥を撫でる。
「んだよ、俺様に言うんじゃねぇのかよ!」
まぁ、いいけどよとぽつりと呟くギルベルトを、ハワードは声をあげて笑った。
「さ、アーサー様、そろそろお着替えお願いします。
 出立の荷物、頼まれていたものなどの準備は済ませてありますから。
 ギルベルト様も、客間でお待ちください。」
ひとしきり笑ったハワードは、そう言うと、クローゼットからスーツ一式を出し、ベッドの上に置く。
「ああ、すまない、ハワード。
 ギルベルトも、世話になる、不本意だけどなっ。」
作品名:言えなかった言葉 作家名:狐崎 樹音