言えなかった言葉
顔も見ずに、アーサーは肩にとまったままの小鳥を撫でた。それをギルベルトはケセセと笑いながらアーサーの頭を撫でる。
それを怪訝そうにしながら、アーサーはベッドから抜け出た拍子にバランスを崩し、ふらつくと、崩れ落ちそうなアーサーの身体を間一髪、ギルベルトが受け止める。
「ったく、弱りきってんなぁ……。
着替え、手伝ってやろうか?」
ケセセと含み笑いをしながら、ギルベルトは、アーサーの顔を覗き込む。
「いらねぇよ、おとなしく客間でまってやがれ……。」
力なくアーサーが怒ると、ギルベルトは深い溜息をつく。
「んじゃ、遠慮なく待ってるぜ。」
腕の中のアーサーをきちんと立たせると、そのまま部屋の外へと向かう。
「わりぃな……。」
ポツリと呟いたアーサーの言葉が聞こえたのか、ギルベルトは振り向かず、そのまま腕を上げて、手を振ったまま部屋を後にした。
それを見届けたアーサーは深い溜息を付くと、心配したかのように、肩の小鳥が頬に擦り寄る。
「なんだ、あいつに着いて行かなかったのか?」
頭を軽く撫でてやると、小鳥は嬉しそうに更に擦り寄る。
そして、着替えの邪魔にならないよう、ベッドの上に飛び降りた。
「お前も、お前の飼い主も、心配性だな……。」
少し、はにかんだ笑顔で、アーサーは着替えを始めた。
着替えも終わり、客間へ向かうと、ハワードと談笑していたギルベルトがアーサーに気づいた。
「悪い、待たせたな……。」
軽く咳き込みながら、アーサーが申し訳なさそうに詫びると、ギルベルトはケセセと笑った。
「いや、きにすんな。
じゃあ、行こうぜ。」
そう言いつつ、ギルベルトは、アーサーに近づき、そのまま抱き上げると、アーサーはわけが分からず、ギルベルトの顔を見据えると、ギルベルトはケセセと笑う。
「は?!ちょ?!降ろせ!!」
文句を言うアーサーを尻目に、ギルベルトは無言で玄関まで向かい、そのままハワードに扉を開けさせ、外にでると、途端にけたたましいプロペラ音が鳴り響く、騒々しいさに、アーサーが目を白黒させていると、何のこともなく、ギルベルトは、ヘリコプターにそのまま乗り込むと、アーサーを座席に下ろすと、ハワードが乗り込むのを確認してからむ、出発の合図を出す。
「え?なんだよ、これ!!」
展開についていけないアーサーは、ギルベルトに詰め寄る。
いつの間に入ったのか、アーサーのジャケットのポケットから顔を出した小鳥が、ほっとした表情をした。
「ああ、空港までお前を車に乗っけて行くのは、辛いと思ってな。
お前んとこの上司に、一応許可は貰ってるんだぜ、ケセセ。」
してやったりと言う顔をしたギルベルトは、胸を張ると、ポケットから顔を出している小鳥にも笑いかける。
「おまっ……、なにしてんだっ、げほっげほっ……。」
大声で、ギルベルトに問い詰めようとして途端、咳き込み、慌てて抑えたアーサーの手に血がにじむ。
「おとなしくしてろっての。」
笑いながら、ギルベルトはウェットティッシュをポケットから取り出すと、アーサーの手と口を拭いてやる。
「------お前なぁ……。
ハワードも知ってたのか?」
溜息をつきつつ、何がなんだか、いまだ整理しきれないアーサーはギルベルトにおとなしくされるがまま。
「いえ……、これだけは今知りました。」
呆れたように笑うと、内心、どこまで心配性なんだとハワードは思ったが、言わないことにした。
そのまま、空港まで、無言のままだったが、時折アーサーが咳き込むと、ギルベルトが世話をするというのが続き、いささかハワードはその献身ぶりに引いたくらいだった。
空港に着き、飛行機に乗り込んでからも、同じような状態が続き、アーサーが寝息を立てたころ、ギルベルトも仮眠を取り始めた。
数時間後、アメリカに着いた3人は、ハワードを荷物をホテルに置きに行くのに、途中で降ろし、そのまま2人で会場に向かった。
アメリカに着いてから、アーサーの体調は、明らかに悪化していた。
会場に着いてからも、歩くのがやっとで、ふらついたまま。
なんとか、アルフレッドがいる場所まで着たが、平常を保つのがやっとだった。
「アーサー、来れたのかい!!」
嬉しさを表面に出さないように勤めながら、アーサーに近づくと、彼の真後ろにギルベルトがいた。
「ああ、自由の鐘は受け取ったのか?」
立っているのもやっとだというのに、そういうそぶりもせず、アーサーはそっぽを向き、顔も合わせない。
「実に、君らしい贈り物だよ。ありがとう。」
素直に礼を言われ、面食らったアーサーは次の言葉より先に、咳き込み、吐血する。
「だ、大丈夫かい?!」
心配する、アルフレッドを尻目に、ギルベルトがポケットからハンカチを出し、口元を拭ってやる。
「はぁ……、無理すんなっつってんのに。
ちょっとこいつ、座らせてくるわ。」
ギルベルトはそう言うと、アーサーを抱き上げる。
「ああ、悪い。って、抱き上げるんじゃねぇって、何度言ったら!!」
不意に抱き上げられ、困惑したアーサーは、少し暴れる。
「おとなしくしてろ、病人。
病人は、おとなしく担がれてろ。
少し、日陰で座れる場所いくぞ、ケセセ。」
そのまま、アルフレッドを無視する形で、二人は、人ごみの中へと消えていく。
それをただ黙ってみていたアルフレッドは、握りこぶしをきつく握る。
『……面白くないんだぞ。』
二人が消えたほうを睨みつけると、後を追うか考えはじめた。
それを木陰でこっそり見ていた2人組。
「なんや、がんばっとるやないか、あいつ。」
シャンパンを片手に、アルフレッドの百面相をみる二人。
「ギルちゃんもなかなかやるじゃない。
楽しくなってきた。」
笑いを堪え、肩を震わせる二人。
「悪趣味やなぁ、フラン。」
笑いを堪えて、そう言われたフランシスは、きょとんとした顔をする。
「やだな、トーニョ。
ぼっちゃんとアルフレッドの二人の仲を試してみようっていう罰ゲームなんだからしょうがないでしょ。
ま、ギルちゃんには頑張ってもらいましょうか。」
そんな話をフランシスとアントーニョがしていることなのいざ知らず、アルフレッドは百面相をしたまま。
その場を考え事で動けなかったアルフレッドの元に、ギルベルトが戻ってくる。
その手には花束が握られていた。
「……アーサーは?」
きっとアルフレッドは頑張って笑顔のつもりで聞いたのだろうが、ギルベルトには怒っているようにしか見えなかった。
「ああ、会場の使ってねぇ北側にある一番端の部屋に、押し込んできた。」
その殺気に負けじと、冷静を装い、ケセセとギルベルトは笑う。
それが更に面白くないのか、二人の間には、何故か一触即発の雰囲気に包まれた。
「ああ、これ、アーサーからだ。
さっき、渡しそびれたっつーから、渡してくれって頼まれてな。」
そう言って、花束を渡す。
「はぁ……、アーサーから貰いたかったんだけどな。君からじゃなくて。
アルフレッドがそれを受け取りつつも、二人の雰囲気は変わらない。
ふと、ギルベルトがアルフレッドの後ろを見ると、木陰で、アントーニョとフランシスが手招きしていた。
「それは、本人に言えよ、ケセセ。
じゃ、俺は酒飲んでくるわ。」