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LOVE LOVE LOVE

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ここは、自分が今まで生きてきた世界とは全く別の世界だ。そう言ってしまえば、まるでそれらが作り物の話の様に聞こえてくる。だがこれは漫画でもなければ小説でもない。作り話なんて、そんな軽いものではないのだ。目の前のそれらは紛れもない現実である。そんな現実を思い知る度、誰もの口から『これが夢ならどんなに良いか』、という月並みな言葉しか出てこない。
 見上げれば、そこにはいつもならば雲に覆われている暗いばかりの空がある。今が朝なのか昼なのか、それとも夜なのか、それすらも分からない程だ。だが今日の空は珍しく晴れ渡っている。この世界の神様とやらが、機嫌が良かった所為かも知れない。この世界は訳の分からない事ばかりだ。
「…一体、何だって言うんだ」
ぼそりと呟いたのは、皆からオニオンナイトと呼ばれる少年だ。キラキラ光るブロンドの短い髪に赤い騎士の服を着ている。彼の本当の名はルーネスというらしいが、それよりも『オニオンナイト』の方が親しみ安いのだろうか、誰も彼を『ルーネス』とは呼ばない。
「どうしたの?オニオンナイト」
少年の隣に座っていた少女が、彼の溜息でくるりと振り返った。ハニーブロンドの長い髪の毛をポニーテールにしている少女、彼女の名はティナという。
彼女の笑みを見て、オニオンナイトが困った様な笑みを浮かべた。
「いやぁ、こんな状況だって言うのに、よくもあんな事してられるなって」
皮肉が込められた言葉と共に、彼の表情は嫌そうに歪む。
 彼の目線の先では、幾人もの青年達がわーわーと騒ぎながら叫びながら走り続けていた。彼がこんな沈んだ気分で居るのに、目の前のそれらは余計に彼のそれを下降させていくのだ。だがそんな彼の思いなど、隣に居る彼女には知る由も無い。
「え、元気で良いんじゃない?」
ティナはそう言ってにこりと笑う。だが彼の機嫌は悪そうで、歪められた表情もそのまま。
「何でこんな状況で、あいつ等はあんなに遊んで居られるんだよ」
「皆が遊んでいるあれ、一体何なの?」
彼等の目の前では、何人もの男達が一つのボールを追いかけて走っている。それはティナやオニオンナイトにとっては見た事もないボールであり、まず間違いなくそれが自分の世界の物では無いという事位しか認識出来ない。
「あぁ、あのボールね。ティーダの世界には『ブリッツボール』っていう競技があるらしくて、あれはその競技のボールらしいよ。本当は水中で行われる競技らしいけど、ここには海も無いしね」
「ブリッツボール…」
やはり聞いた事の無い言葉に、オニオンナイトに説明して貰ってもティナは首を傾げるだけだ。オニオンナイトが知っていたのは、ティーダ本人から説明を受けたからというだけの話。因みにだが、ティーダというのはたった今、彼女の目の前を走っていった、人工的な染料で染められたゴールドの髪の青年の事だ。


 今、この場には十人の戦士達が居る。彼等は皆、この世界の者では無い。元よりこの世界の者であるのは、秩序の神であるコスモスと混沌の神カオスのみである。
 この世界では、コスモスとカオスによって延々と戦争が繰り返されている。だがカオスとの戦いの果てに、ほとんどの力を失ってしまったコスモスは、自分の代わりにこの世界を賭けて戦ってくれる者を自分の前に召喚したのだ。
 この世界からすれば異世界という事になるが、その異世界から呼び出されたのは十人の戦士達。だが彼等はそれぞれが別々の世界から呼び寄せられ、コスモスの元に集ったとは言え、当然互いは見知らぬ者同士であった。
 正直、自分の知らぬ世界の為、自分の知らぬ者の為に、初対面の者と力を合わせて戦う事など、納得出来る訳が無かった。それが例え、頼まれた相手が神であっても、そしてどんなに美人であっても、だ。
「割に合わないよな…」
そうぼそりと呟いたのはオニオンナイトだ。ここに居る誰よりも幼い割には、彼の頭の中は算段ばかりである。きっと十人の中では、最も頭の回転が良い男なのかも知れない。
「え、何か言った?」
呟いた言葉に、隣に居たティナがまた振り向く。それに少年はへらりと笑った。少年にとってのティナという存在だどういうものなのか、ここに居る誰もがそれを知らない。ただ分かるのは、彼が彼女に盲目的な愛を向けているという事だけ。だがそれが恋愛的なそれなのか、それとも家族的なものなのか、そこまでは誰にも判別出来ない。しかしその盲目的な愛とやらが、オニオンナイトの行動をおかしくさせているのは事実だ。現にこうして彼は、自分の変なところを彼女にはどうしても見せたがらない。今、自分が何を考えていたなんて、彼にとっては絶対に彼女には知られたくないものなのだ。
「何でもないよ」
「…そう?」
笑ったオニオンナイトに、ティナは首を傾げた。だが彼はそれ以上それについては何も言おうとしない。何事も無かった様にして、彼は次の言葉を口にした。
「でもさぁ、戦争だって言うのに、こんなところでボール遊びをしている場合じゃないだろ。全くこんな時に何やってんるんだよ」
そう言いながらオニオンナイトが目の前に視線を戻す。そこには未だに、仲間達がブリッツボールを追いかけて走っているそれ。
「オニオンナイトーっ!」
「…何だよ!」
目の前に居る青年達の中で一人立ち止まると、こちらに向かって手を振っている。誰かと思えばそれはバッツで、手を降りながら、言葉を続ける。
「お前も来いよ!!ティーダからなかなかボール奪えなくってさぁ!」
「…全く、」
はぁ、と溜息を吐いて彼は立ち上がる。さっきまで散々文句を言っていた彼が、ゆっくりと彼等の方へと歩いていく。
「たった一人からボールを奪えないなんて、あんた達も大した事ないんじゃないっ?!」
「じゃあお前、絶対ティーダからボールを奪えよな!」
「当たり前じゃん!」
挙げ句、バッツの言葉に、さも当たり前の様にそう答えられてしまっては、もう笑うしかない。
「…ふふ」
結局仲間達の元へ走っていった彼の姿を見て、ティナはくすりと笑みを浮かべた。
(本当に意地っぱりな子ね)


 目の前にははしゃぐ仲間達の姿。微笑ましそうにそれをぼんやりと見つめる少女の姿。だがそれは、突然にやってきた。
「危ないーーっ!」
「…え?」
顔を上げたときには、もうどうしようも無かった。気が付けば、彼女の目の先にはボール。どう考えても、彼女にそれを避ける事は出来なさそうだった。
「きゃ…っ」
「ティナ…!」
彼女の悲鳴にいち早く反応したのはオニオンナイト。だが彼の位置からでは、彼女を助けるまでに至りそうにはなかった。ボールが彼女へ向かっていく速度に、彼が持てる力を振り絞ったとしても勝る訳がない。
 彼女はバッと両手で顔を覆うと、ぎゅっと瞼を堅く閉じた。だがしばらくしても、彼女にボールがぶつかってくる気配は無い。そうっと顔を覆っていた手を離し、堅く閉じていた瞼を開くと、彼女の目の前には視界いっぱいに広がる誰かの背中。
「…え?」
「大丈夫、か?」
低い声と共に彼女の方へと振り向いたのはクラウドだった。彼の右手には大剣、そして足下には無惨にも切り裂かれたブリッツボールであった物の残骸。
作品名:LOVE LOVE LOVE 作家名:とうじ