魔法の国のアリス
この世界はどこまでも広く、そしてどこまでも続いているというのに、人間は数えられる位しかいない。それはこの世界には元より生物はほとんど存在せず、この世界で生きている者達は、ほぼ異世界から呼び寄せられたからだ。
数は少ないとは言え、世界は広い。世界各地に散らばるその者達の全てを、彼女はまだ知る事はない。
ある目的があって、彼女は仲間達と共にこの広い世界を旅している。だが時折休憩する事もあり、丁度その時はその時間を利用して、辺りを散歩していただけなのだ。
だが運命は彼女を嘲笑うかの様であった。そうでなければ、一体どうしてこんな事が起きたのか。辿り着いたその先で、彼女は彼女にとって、最も危険な者と出会ってしまったのだ。
「…?」
彼女が現在歩いている場所は森の中。散歩しているといった割には、明らかに自身が思わぬ方へと来てしまっていた。見回せば、その風景だけでは此処が何所なのか、彼女には判別出来ない。要するに、迷子になっていたのだ。
(…ここ、何所だろう)
迷子になってしまったと理解した瞬間、急にその胸は不安でいっぱいになる。きゅう、と苦しくなっては、気持ち悪さに小さな手で胸を押える。
『余り遠くに行くな。あんたは直ぐに迷子になるんだからな』
出かける前に彼女、…ティナにそう言ったのはクラウドだった。ティナはいつも散歩に出かけては迷子になる事が多い。今日だって、彼女が出かけると言った時、いつもはあんなに無表情であるクラウドが、明らかに嫌そうな表情を浮かべた。
『大丈夫よ、いざとなったら空を飛ぶわ』
ティナには、生まれついての強大な魔法の力が備わっている。そのお陰で何も無いところから炎を出す事も、氷を出す事も、そして空を飛ぶ事すらも簡単にやってのけてしまうのだ。だから困ったら上空から位置を確かめたら良いではないか、とそう言ったつもりだったのだが。
『それでもいつも迷子になるのは、どこのどいつだ』
彼女の言葉を聞いて、クラウドは更に大きな溜息を吐いた。
『良いか、絶対に遠くまで行くんじゃないぞ。迷子になるのは目に見えているんだからな』
――と、そこまでが散歩に出かける前の話である。人とそんな話をしておきながらも、彼女はついついふらふらと森の奥まで来てしまったのだ。
(これじゃあ、またクラウドに怒られてしまうわ)
心配だからこそ強く言ったのであろうに、これではクラウドの予想した通りになってしまった。『帰り着いてもきっと怒られてしまうだろうな』という思いと、『心配かけてしまって申し訳無い』という思いが浮かんできて、何だか酷く憂鬱な気分になってしまう。
(…いや、やっぱり何とか自分の力で帰らなきゃっ!)
このままでは、この先一人で散歩に行く事もままならなくなってしまう。それに自分は子供ではないのだし、人に心配かけたままでいる訳にもいかないではないか。彼女はそう思い直すと、空に向かって一直線に飛び上がった。
「でも、ここ何所なの…」
空から辺りを見下ろしても、周りは木々だらけだ。結局、分かった事といえば、随分と森の奥深くまで来てしまったという事実。
がくりと肩を落としたまま、彼女は再び地上へと舞い降りた。
(空からでもここがどこか分からないなら、兎に角歩くしかないわ)
はぁ、と溜息を吐くと、仕方なくティナはその場から再び歩き出す。足取りが酷く重い事も、仕方が無いと言えるだろう。
「…ん?」
そして歩いている方向が、更に森の奥深くに向かっているとは知らず、ティナが足を進めて行くと、そこには人影がちらりと見えた。こんな所に一体誰だと思いながら、彼女はそっとそれに近付いていく。
「……」
するとそこには一本の木の下に座り込み、それに持たれかかったまま目を閉じている男が一人。その男は銀色の長い髪で、服装は真っ黒なコートの様な服。冬でも無いのにやたらと暑苦しい風貌だ。そしてその横には、彼の身の丈程ありそうな、やたらと長い刀。
「…む、」
ティナが彼の側に近寄った事で、座り込んでいた男はゆっくりと目を開けた。人の気配で目を覚ますとは、相当敏感なのかも知れない。
「え、と、…こんにちは?」
何だか罰が悪く、彼女にはそう言う事しか出来なかった。だが男はそれに答えず、彼女を訝しげな表情で見上げるばかり。
「…お前は、誰だ」
「私はティナっていうの。貴方こそ誰?」
「私は、…セフィロスという」
******
「……」
明らかに苛ついている。それは自分でも分かっているのだが、もう自身ではどうする事も出来ない。岩の上に座ったまま、膝の上をとんとんと指でリズムを取る様に叩いている。周りが静かである為に、辺りにはその音ばかりが響いている。
「あのさぁ、クラウド」
そして辺りが沈黙に沈む中、状況を打破したのはフリオニールだった。この場では、この男が一番空気を読む事が出来る者だったかも知れない。
「何だ?」
彼の言葉に、クラウドがゆっくりと顔を上げる。明らかに不機嫌で、視線が自分に投げられた瞬間に『ギンっ』という音が聞こえてきた様な気がしたのは、敢えて無視したい。
「そんなに心配なら探しに行ったらどうだ?ティナがまだ帰ってこないからって苛々してるんなら、帰ってくるまでそのままでいるつもりか?」
「だがまだ迷子になったと決まった訳ではないだろう」
「…そう言うんなら、もう少し落ち着いてくれよ。お前が苛々してるから、オニオンナイトが怖がってる」
ほら見てみろ、と指された方向には、ウォーリア・オブ・ライトの背中に隠れて、こちらの様子を窺っているオニオンナイトの姿。
「ぼ、僕は、クラウドなんて怖くないよっ!」
そう叫んでみるものの、だらだらと彼の額から滝の様な汗が流れ落ちているのは、誰の目からも明らかだ。
「俺も探すの手伝ってやるから、とりあえず行こう」
「……」
フリオニールの言葉に、クラウドは静かに目を閉じた。確かにどうしようもなく心配であるのは事実であるし、このまま苛々していても仕方が無い事だって自分でも分かっている。
「仕方が無い。…行くか」
あれ程に注意したのに、ティナはやはり何所かで迷子になっているのだろう。迷子になっているのならば、こちらが探してやらねばどうしようもない。自分を含め、この場に居る者は彼女の様に空を飛ぶ事は出来ないので、人海戦術で行くしかないのだが。
「おい、ちょっと待て」
フリオニールと、その後を行こうとしたクラウド。そして彼らが歩きだそうとした瞬間に、後ろから声がかかった。それはウォーリア・オブ・ライトのもの。
「どうしたんだ?」
フリオニールが振り向くと、クラウドも同じ様にして彼の方へと顔を向ける。するとそこには、いつもなら顔色一つ変えないのに、少しばかり青い顔をしている男の姿。
「リーダー?」
ウォーリア・オブ・ライトの背中に居たオニオンナイトも、流石に彼の様子をおかしいと思ったのか、不思議そうな表情で彼の顔を見上げている。
「…どうして、あの男があそこに居るんだ?」
「「え?」」
ウォーリア・オブ・ライトの言葉に、その場に居た他の者達が一斉に彼の目線を追った。するとそこには、ここには居る筈の無い男の姿があるではないか。彼等コスモス側からすれば、敵であるカオス側の男の姿。
「せ、――」
数は少ないとは言え、世界は広い。世界各地に散らばるその者達の全てを、彼女はまだ知る事はない。
ある目的があって、彼女は仲間達と共にこの広い世界を旅している。だが時折休憩する事もあり、丁度その時はその時間を利用して、辺りを散歩していただけなのだ。
だが運命は彼女を嘲笑うかの様であった。そうでなければ、一体どうしてこんな事が起きたのか。辿り着いたその先で、彼女は彼女にとって、最も危険な者と出会ってしまったのだ。
「…?」
彼女が現在歩いている場所は森の中。散歩しているといった割には、明らかに自身が思わぬ方へと来てしまっていた。見回せば、その風景だけでは此処が何所なのか、彼女には判別出来ない。要するに、迷子になっていたのだ。
(…ここ、何所だろう)
迷子になってしまったと理解した瞬間、急にその胸は不安でいっぱいになる。きゅう、と苦しくなっては、気持ち悪さに小さな手で胸を押える。
『余り遠くに行くな。あんたは直ぐに迷子になるんだからな』
出かける前に彼女、…ティナにそう言ったのはクラウドだった。ティナはいつも散歩に出かけては迷子になる事が多い。今日だって、彼女が出かけると言った時、いつもはあんなに無表情であるクラウドが、明らかに嫌そうな表情を浮かべた。
『大丈夫よ、いざとなったら空を飛ぶわ』
ティナには、生まれついての強大な魔法の力が備わっている。そのお陰で何も無いところから炎を出す事も、氷を出す事も、そして空を飛ぶ事すらも簡単にやってのけてしまうのだ。だから困ったら上空から位置を確かめたら良いではないか、とそう言ったつもりだったのだが。
『それでもいつも迷子になるのは、どこのどいつだ』
彼女の言葉を聞いて、クラウドは更に大きな溜息を吐いた。
『良いか、絶対に遠くまで行くんじゃないぞ。迷子になるのは目に見えているんだからな』
――と、そこまでが散歩に出かける前の話である。人とそんな話をしておきながらも、彼女はついついふらふらと森の奥まで来てしまったのだ。
(これじゃあ、またクラウドに怒られてしまうわ)
心配だからこそ強く言ったのであろうに、これではクラウドの予想した通りになってしまった。『帰り着いてもきっと怒られてしまうだろうな』という思いと、『心配かけてしまって申し訳無い』という思いが浮かんできて、何だか酷く憂鬱な気分になってしまう。
(…いや、やっぱり何とか自分の力で帰らなきゃっ!)
このままでは、この先一人で散歩に行く事もままならなくなってしまう。それに自分は子供ではないのだし、人に心配かけたままでいる訳にもいかないではないか。彼女はそう思い直すと、空に向かって一直線に飛び上がった。
「でも、ここ何所なの…」
空から辺りを見下ろしても、周りは木々だらけだ。結局、分かった事といえば、随分と森の奥深くまで来てしまったという事実。
がくりと肩を落としたまま、彼女は再び地上へと舞い降りた。
(空からでもここがどこか分からないなら、兎に角歩くしかないわ)
はぁ、と溜息を吐くと、仕方なくティナはその場から再び歩き出す。足取りが酷く重い事も、仕方が無いと言えるだろう。
「…ん?」
そして歩いている方向が、更に森の奥深くに向かっているとは知らず、ティナが足を進めて行くと、そこには人影がちらりと見えた。こんな所に一体誰だと思いながら、彼女はそっとそれに近付いていく。
「……」
するとそこには一本の木の下に座り込み、それに持たれかかったまま目を閉じている男が一人。その男は銀色の長い髪で、服装は真っ黒なコートの様な服。冬でも無いのにやたらと暑苦しい風貌だ。そしてその横には、彼の身の丈程ありそうな、やたらと長い刀。
「…む、」
ティナが彼の側に近寄った事で、座り込んでいた男はゆっくりと目を開けた。人の気配で目を覚ますとは、相当敏感なのかも知れない。
「え、と、…こんにちは?」
何だか罰が悪く、彼女にはそう言う事しか出来なかった。だが男はそれに答えず、彼女を訝しげな表情で見上げるばかり。
「…お前は、誰だ」
「私はティナっていうの。貴方こそ誰?」
「私は、…セフィロスという」
******
「……」
明らかに苛ついている。それは自分でも分かっているのだが、もう自身ではどうする事も出来ない。岩の上に座ったまま、膝の上をとんとんと指でリズムを取る様に叩いている。周りが静かである為に、辺りにはその音ばかりが響いている。
「あのさぁ、クラウド」
そして辺りが沈黙に沈む中、状況を打破したのはフリオニールだった。この場では、この男が一番空気を読む事が出来る者だったかも知れない。
「何だ?」
彼の言葉に、クラウドがゆっくりと顔を上げる。明らかに不機嫌で、視線が自分に投げられた瞬間に『ギンっ』という音が聞こえてきた様な気がしたのは、敢えて無視したい。
「そんなに心配なら探しに行ったらどうだ?ティナがまだ帰ってこないからって苛々してるんなら、帰ってくるまでそのままでいるつもりか?」
「だがまだ迷子になったと決まった訳ではないだろう」
「…そう言うんなら、もう少し落ち着いてくれよ。お前が苛々してるから、オニオンナイトが怖がってる」
ほら見てみろ、と指された方向には、ウォーリア・オブ・ライトの背中に隠れて、こちらの様子を窺っているオニオンナイトの姿。
「ぼ、僕は、クラウドなんて怖くないよっ!」
そう叫んでみるものの、だらだらと彼の額から滝の様な汗が流れ落ちているのは、誰の目からも明らかだ。
「俺も探すの手伝ってやるから、とりあえず行こう」
「……」
フリオニールの言葉に、クラウドは静かに目を閉じた。確かにどうしようもなく心配であるのは事実であるし、このまま苛々していても仕方が無い事だって自分でも分かっている。
「仕方が無い。…行くか」
あれ程に注意したのに、ティナはやはり何所かで迷子になっているのだろう。迷子になっているのならば、こちらが探してやらねばどうしようもない。自分を含め、この場に居る者は彼女の様に空を飛ぶ事は出来ないので、人海戦術で行くしかないのだが。
「おい、ちょっと待て」
フリオニールと、その後を行こうとしたクラウド。そして彼らが歩きだそうとした瞬間に、後ろから声がかかった。それはウォーリア・オブ・ライトのもの。
「どうしたんだ?」
フリオニールが振り向くと、クラウドも同じ様にして彼の方へと顔を向ける。するとそこには、いつもなら顔色一つ変えないのに、少しばかり青い顔をしている男の姿。
「リーダー?」
ウォーリア・オブ・ライトの背中に居たオニオンナイトも、流石に彼の様子をおかしいと思ったのか、不思議そうな表情で彼の顔を見上げている。
「…どうして、あの男があそこに居るんだ?」
「「え?」」
ウォーリア・オブ・ライトの言葉に、その場に居た他の者達が一斉に彼の目線を追った。するとそこには、ここには居る筈の無い男の姿があるではないか。彼等コスモス側からすれば、敵であるカオス側の男の姿。
「せ、――」