お守り
「よーし、燐。良く聞けー!このおじさんが今日と明日、お前の面倒を見てくれるからなー!」
初めて見るわけではないが、よく会っているわけでもない。
燐を久々に見たメフィストはほう、と独り言を漏らした。
何物にも染まらない蒼い瞳。悪魔でありながら、人である我等の末弟。
所々傷があるのは報告通り、ということなのだろう。
(まぁ、この年にしてはすこーし小柄ですかね?)
「誰がおじさんだ誰が」
子供も目線になるよう膝を折って話している藤本頭を傘で殴った。
案の定藤本は頭を押さえながら立ち上がり、メフィストに向き直る。
「いってーなメフィスト!殴ること無いだろ!」
「おっさんといった君が悪い」
「オッさんだろお前」
「私はまだピチピチです。お前と一緒にするな」
「知ってるかメフィスト。ピチピチって死語らしいぞ」
「私は帰る」
「って!?ちょ、たんま!」
藤本がメフィストのコートを掴むがそれをメフィストは払い落とす。
それでも掴んでくる藤本にメフィストは声を荒げた。
「離しなさい藤本!」
「誰が離すか馬鹿!」
「馬鹿とは何だ馬鹿とは!」
「一度言い出したことを破るのかメフィストー!」
「煩い!!」
大の大人が騒いでいる姿など見苦しいものがあるだろうが、そんなこと誰も見ていない部屋で気にすることもない。
もう一度メフィストは藤本の手を払いのけると、そのままコートを翻し扉に向かおうとした。
けれど、今度は些か足下に近いところから引っ張られている感覚がある。
ふと、足下に目を向けると蒼い瞳と目が合った。
「うっせぇよおっさん。おっさんの面倒を俺が見れば良いんだろ」
その子供の言葉に、メフィストは一瞬言葉を失う。
何度も瞬きを繰り返したが、その蒼い瞳はまっすぐとメフィストの瞳を見つめていた。
「燐・・・!お前、大人になって!」
藤本の親ばか発言は聞かなかったことにして、メフィストはおもしろいと直感的に思う。
魔神の落胤。我等が末弟。そんな事を抜きにして、おもしろいと思った。
「お前が、私の面倒を見るのですか?」
他の兄弟達からでさえ、怖いと言われた笑みを浮かべても燐はおびえた様子を見せない。
それどころか、にっと笑い返してきて見せた。
「おう!任せておけ。だから親父、とっとと行ってこい。みんな待ってんだろ」
燐はしっしと手で払いのけているが、その顔はどこか照れた表情をしていた。
藤本は一度燐の頭を撫でながら、先ほどまでは親ばかの顔をしていたのに、今は『父親』の顔をしてる。
「んじゃ、行ってくる。良い子にして待ってろよー?待ってたら何かお土産持ってくるからな?」
「良いからとっとと行けよ!だめ親父!」
藤本の手を頬を染めながら払いのける燐に、彼は笑みを深くしていた。
そして、メフィストに頼む、と告げてその部屋を出て行ってしまう。
(全く・・・余り見ないうちに父親の顔なんてもの・・・出来るようになったんですねぇ)
感慨深げに思っていると、また足下からツンツンとコートを引っ張られる感覚。
「おいおっさん」
「私はおっさんではありませんよ奥村燐くん。メフィストといいます」
「メフィスト?」
「えぇ、これからはそう呼びなさい」
「ふーん。あ、そうだおっさん」
先ほど名を名乗ったにも関わらず、この子供はまだそう呼ぶのか、とメフィストは目眩を感じた。
(物覚えが悪いのかこの末弟は・・・)
「なぁ、おっさん。お腹空いてないか?」
「え?」
燐はまっすぐとメフィストを見上げ、コートを引っ張りながら、この部屋の奥まった場所を指さした。
「あそこ、食道に繋がってるんだ。なんだったら食べてけよ」
燐は先ほどからチラチラと食道の方を気にしていた。
(あぁ、なるほど。お腹が空いているのか)
「いいですよ。だからコートを引っ張らないでください」
「おう!行こうぜ!」
燐は目を輝かせて、メフィストのコートを引っ張りながら駆け足で食道の方へと向かいだした。
案の定、足下に近い所から引っ張られているためメフィストはつんのめりそうになる。
「ちょっ!奥村燐君、引っ張らないでくださいとあれほどっ!」
「飯ー!飯ー!」
「人の話を聞きなさい!」
この親子は人の話を聞かないのか!とメフィストは心の中で叫んだ。