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レスタウロ

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その横顔が何かとても尊いもののような気がして、いつも声を掛けられなかった。
だから彼が気付くまでエタノールくさい部屋の片隅でただ待つのが習慣だった。
彼がこちらを振り向くまでに数十分のこともあれば、時には数時間なんてこと
もあった。けど不思議なもので、一度尊く美しいと思ったものはどれだけ見続
けていても飽きるなんてなかったのだ。
ほとんど無表情にパテを動かすプロイセンのぴんと伸びた背筋や慎重に薬品を
塗布する繊細な指先は確かにそんな価値があるように感じたのだ。




統一を終えて欧州に束の間の協調体勢がしかれた頃、本当に暇だったのかそれ
とも何か――例えば新しく生まれた帝国に関する中枢部のいざこざとか――か
ら逃げていたのか分からないがプロイセンはやたらとヴェネツィアを訪れた。来てし
まえば長逗留で、こちらが心配になるくらい滞在し続けた。何しろ国として成り
立ったばかりのドイツはどう見てもプロイセンに依拠した被保護者で、独り立
ちさせるにしても時期尚早に見えたし、そしてそれは事実だったろう。
そんな本国を放ってプロイセンが何をしているのかと言えば、アトリエに篭って
ひたすらキャンバスに向かっているのだ。
「俺の絵心のなさはゲルマンの伝統だな」
いつだかに言ったその言葉に偽りはなく、プロイセンは絵を描いているのではな
かった。どんな伝手で入手したのか、曇った空へ手を伸ばす四枚羽の天使が
描かれた大きな古い絵を前に、パテや刷毛や大小様々な筆とそれから補修用
の絵の具をきちりと整頓しながら広げていた。
長い長い時間を経た絵画は、そろそろお役御免をと望むようにキャンバスから
浮き上がった絵の具層が所々ひび割れてしまう。そこからやがて油絵の具は崩
れてしまうから、こうやって修復を請け負う職人はどの時代にだって重宝される。
プロイセンの案外神経質そうな尖った指が膠で溶いた石膏を剥落で欠損した
部分へのせてゆく。すぅと細まった目はぶれることなく焦点を結んで、確実な
動作でとん、とん、と重ねる。息を詰めていないのは僅かに開いた口唇で知れる。
彼自身が石膏の造形物であるようだった。
戦場で見る時とは違って白く張り詰めた肌はなめらかに午後の陽射しを弾き、
紅色の差す紫の瞳が思わせるのは人知れない岩窟に秘めやかに輝く紫水晶だ。
常ならば少しざらついた声で声高に存在を主張するプロイセンが、一言も発さ
ず彼の言うところの「エンゼル」に目もくれず静謐な空気をきんと張り巡らして
いるのは珍しくて得難くて、何か侵しがたいものに思えていた。




作品名:レスタウロ 作家名:_楠_@APH