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レスタウロ

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ふ……と息を吐いて大きく伸びをしたのは剥落に石膏を充填し終えてからだった。
乾くのを待って今度は補彩を加えるのだ。
「ねぇ、どこでそんなの覚えてきたの?」
意を決して言葉をかければ先ほどまでのガラスのヴェールの向こうにいるよう
な雰囲気はどこへやら、振り向いたプロイセンはいつもの通りへにゃりと笑った。
再会する度に「元気だったか、相変わらずエンゼルみたいだな!」と女性には
決して言わないであろう挨拶をくれる彼は、平時ならいつもこんな気の抜けた
顔を見せる。他の皆に言えば、まさかと首を振られるが事実なのだ。
「どこでって……ここはヴェネツィアだぜ?ピエトロ・エドワーズの街だ。ここ
 以上に修復技術を学ぶのに適した場所はないだろ」
「プロイセンのところにだって優秀な修復家はいるのに」
「どうせやるなら最新の技術と先鋭な研究がされてるところのがいい」
「まあ、プロイセンらしいけど……」
「だろ?」
けせせせ、と喉を擦るみたいな独特の笑い声も何だか今日はそぐわない。
もっとシルクみたいな柔らな声音こそが相応しいのに。淑やかに厳粛に、出来
ない訳ではないと知っているからこそ惜しいと思ってしまう。
けれどプロイセンは一向に気にせず、いつも通りに喋りたい事を喋りたいだけ
口にして、にこにこ聞いて相槌を打っているうちに「そろそろいいかな」と再び
表情を消してキャンバスに向かうのだ。
プロイセンが選んだ補彩方法はここではトラテッジョと呼ばれるやり方だった。
オリジナル部分と修復部分はいつまでも区別が付けられなくてはならないとい
うスタンスの手法だ。
細い細い絵筆を持って、赤紫の瞳がきゅうと細まる。やっぱり口唇は僅かに開
かれて、赤い舌の影が見えそうで見えない。
色を混ぜて描くのではない。単色の線を極細かく並置することで遠目にはオリ
ジナルの色彩と判別できなくするのだ。そんな作業をあの飽き性のプロイセン
に可能な筈がないと半端に彼を知る者ならば言いそうだったが、生憎こんな緻
密さとミリ単位の正確さを要する作業こそ彼の本領だった。
「プロイセン……それが気分転換なの?」
「……」
こんなに近くにいるのに答えないプロイセンは、本当に聞こえていないのだ。
彼の集中力は間違いなく欧州一だ。
「気を紛らわしにきたの……?それとも逃げてきたの」
カタンと少し姿勢を変えて、プロイセンは別の筆を手にする。
「何から逃げたいの……ドイツから?それとも、プロイセンから?」
さらさらと音もなく引かれる線は無造作なやり方に見えて、本当は事前に綿密
に計算し尽くしたもので、プロイセンの脳内にはその設計図が完璧に叩き込ん
であるのだ。実に彼に向いた作業だ。
「それでもいいよ。ここにいて、そんな風に意味もない遊びをしている事が慰め
 になるならずっといたらいいよ。だってやっと帰って来てくれたんだからさ。
 ……五百年ぶりに」
血と泥と火薬と鉄とそれから怨嗟に塗り固められた道をずっと歩いてきたのは
知っている。だけどもっともっと昔に、鉄の弓を持ちながらも教会で青く美しく
光を落すステンドグラスのマリアに跪いて誰よりも長く祈りを捧げていた事も
知っていた。だからこの国でそんな重くて冷たくて痛みばかりの現実から目
を背けていられるならそれでいいと思った。
新しい国を新しい子供に任せて、彼はここに帰ってくればいいと。






「……コーヒーいれてくるね。お菓子もあるからさ」
すっかり体温の移った木椅子から立ち上がってもプロイセンは気付きもしない。
普段あれだけ構ってくるのにこういう時は相手が誰であれひどく平等だ。
その美しい横顔に、コーヒーを淹れてきたら彼をモデルに絵を描こうと思った。
きっとプロイセンは嫌がるだろうけど、美しいものも鮮やかなものも全部キャ
ンバスに納めてしまいたい性質は永遠に治りそうもない。
そして、いつかその絵が色褪せたら、プロイセンに修復してもらえばいいのだ。
そう思いついたら今すぐにクロッキー帳を開きたくなった。それこそコーヒー
豆を挽く間も惜しいくらいだった。
だけど、きっとあの天使の羽の補彩を一枚終えたら休憩するであろうプロイセン
の為に飲み物とお茶菓子くらいは用意しておかないといけない。そうだ、きっ
と冷めてしまうから冷たいもののがいいかもしれない。多めに果汁を入れたレ
モネードを作ろうと決めてアトリエの扉を閉じた。
そう、それからあの絵の修復も。
アトリエの一番奥にひっそりと仕舞われた古い古い絵も綺麗にしてもらうのも
いいかもしれない。眠る少女が描かれた絵。とても拙いけれど柔らかな優しい
俺の宝物。それをいつかプロイセンになら見せてもいいと初めて思った。





                      <レスタウロ>






作品名:レスタウロ 作家名:_楠_@APH