水勢Maximum
鐘が鳴り、やがて担任が姿を現した。彼は辛気臭い表情で、「二人は、昨夜屋上から飛び降り自殺した」と説明した。
それから二学年だけで臨時の集会が開かれ、簡単な事情説明と一分間の黙祷の後、荒井校長から「命を大切に」という説教で終わった。
「細田君、ちょっと」
少し時間を遅らせて始まった一時限の後、細田は担任に呼ばれ一緒に校長室を訪れた。
そこには校長と教頭、そして学年主任が暗い表情で待っていた。
「実は、二人が飛び降りた屋上から、こんなものが見つかってね」
「読んでみなさい」
差し出されたのは、「遺書」と書かれた白い封筒だった。
細田は驚きに目を丸くしながら、怖々とそれを開いて見た。
便箋三枚に渡るその手紙には、彼らが細田にした酷い仕打ちと、それを心から反省している事、償いの為に自殺するという旨が綴られていた。
「そこに書かれていることは、本当かね?」
「正直に言いなさい」
教頭と主任が、硬い表情で尋ねてくる。
細田はいまだに現実がうまく呑み込めず、とまどいの目を担任に向けた。
彼は慈しみに満ちた表情で頷き、意を決したように校長を見る。
「細田君は、ショックで話しづらいでしょう。私は担任として、彼らを監察してきました。そこに書かれていることは、事実です。私が把握できた件に関しては、再三に渡り注意し、やめるように促しましたが……まさか、こんな結果になるとは、予想もしていませんでした。私が強く言い過ぎたのかも知れません…… しかしこんな手段ではなく、生きて改心した姿を見せてほしかった……!」
担任の眼から涙がこぼれ落ちる。彼は彼なりに事態を憂いていたのだろう。注意していたのも嘘ではない。しかし細田の目には、彼らが担任の言葉によって反省したようには見えなかった。右から左へ聞き流し、にやにや笑っているばかりだったのだ。
荒井校長は担任の言葉に頷き、細田と目を合わせた。
「細田君、二人の反省に免じて、この事は私達と君の胸にしまっておこう」
「細田さん!その包帯、どうしたんですか!?」
「や、やあ、坂上君。実はちょっと、吹き出物ができちゃってね」
「……やっと口を聞いてくれた!」
「あっ……ごめんよ、別に坂上君が悪いわけじゃないんだ、えっと、その、歯が痛くて、それで……」
「もう、いいです」
「さ、坂上君!本当に悪かったよ」
「はい。今日からは、いっぱいお話しましょうね。お話できなかった分、付き合ってもらいますから!」
「……坂上くぅん!」
戻ってきた平和。坂上と共に過ごせる喜びを噛み締めながら、細田は残った疑問を解決するために三年の教室棟に向かった。
「あの二人のこと……皆さんが自殺に見せかけて始末されたんですよね」
小声で尋ねる細田に、日野は明言を避け、ただ不敵に笑う。それから大袈裟に溜息をついて、細田のテカり光る額を小突いた。
「ったく、俺の坂上にあんな顔させやがって」
「うふうふっ、坂上君は僕のですけど、ありがとうございますっ!」
「……細田」
「はい?」
「俺達が動いた理由は、坂上のためだけじゃないんだぜ」
「……え?」
まさか、細田のためとでもいうのだろうか。信じられない思いで、それでも期待してしまう細田を嘲笑うように、日野は告げた。
「お前をいじめていいのは、俺達だけだからな」
End