神様よりもはやく
さらと音がしそうな程に艶やかな黒髪を揺らし、ん、なあに?と首を傾げてこちらを見やる彼は、自分の容姿を確かに理解している。
女性的な仕草にも関わらず、ちっとも女性のように見えないのは、細身ではあるけれどしっかりしているのが見て取れる体躯の所為か、それとも中性的な美しさでありながら男と分かる輪郭や切れ長の瞳の所為か、はたまた彼が男であり雄であることを文字通り嫌と言うほど僕自身が知っているというか教え込まれた所為だろうか。
なあに、と、若干甘えるような声音で再度尋ねてくる彼にため息がこぼれる。
「・・・何、はこっちの台詞なんですけど」
今日の午後一番の授業中。
テストに出すからな、という教師の脅し文句に必死にノートを取っていた時だった。
[学校終わったら来て]
用件のみの一文が書かれたメールが届いた。
相手の都合を無視して自分の用件しか伝えないのはメールでも同じで、理由を尋ねても返事は来ないだろうと予想はついた。
だから僕は行くとも行かないとも返事をしなかった。
こんな呼び出しはいつものことで。
そして彼の理不尽で意味不明な呼び出しに僕が従うのもいつものことだ。
だから彼も、僕が呼び出しに応じることを分かっている筈だ。
それに「学校が終わったら」とあるだけマシだ。
もしもこれが「来て」、の一言だけだったなら、僕は学校の授業なんて放り出してすぐに彼の元へと駆けつけなければいけない。
一度、まさかそんな思惑があるとは知らず、いつもと同じように学校が終わってから向かった事があった。
その日のことはまあ、あまり思い出したくない。というか二度と思い出したくない。
ので、僕はそれ以来、授業中であろうと何だろうととにかく彼からの連絡は取りこぼさないように細心の注意を払っている。
閑話休題。
そうして呼び出されて、態々新宿に居を構える彼の元へ赴いた僕の顔を見るなり彼は、はいこれ、といって僕にペンと紙切れを押しつけてきた。
彼が突拍子もない言動をとるのは今に始まった事ではないけれど。
「だから。何なんですか、ちゃんと言ってくれないと分かりません」
もう一度、今度は態と溜息をつきながら鞄をソファの隅に降ろした。
それを待っていたかのように、するりとしなやかな掌が肩に回され、ぐいと引き寄せられる。
「えー、分からないの?嘘は駄目だよ、嘘は」
どこの嘘つきがそれを言いますか、とは反論しないでおいた。
どうせにやにや笑って黙殺されるか、百倍の筋の通った屁理屈でやりこめられるのがオチだからだ。
…筋の通った屁理屈というのも変な話だけれど。
引き寄せた腕のまま、指先だけが僕の肩をなぞるように動いた。
くすぐったくて身じろぎすれば、もう一方の腕が腰に絡み付いてくる。
「、どうしたんですか、今日はやけに、」
触りたがりますね、とは言い辛くて、言葉を切った。
けれど僕の言いたいことを正確に汲み取ったらしい彼は、くつくつと肩を揺らした。
「んー、まあね」
ちょっと君のことを考えてたらねえ、と耳元で囁かれて、態とだと分かっていても体温が上がるのを抑えられない。
熱を擦り付けようとした訳ではないけれど、思わず彼の首元に額を押し当てた。
「で。何なんですか、これ」
到着するなり押しつけられた紙とペンを、抱きしめる力を弱める気配のない臨也さんの背中に押しつけた。
「今日が何の日か知らないの?」
「そんな訳ないでしょう」
小馬鹿にするような声音にむっとして言い返す。
「七夕ですよね」
「うん」
だからそうゆうこと、と言って臨也さんは僕の旋毛に鼻先を埋めた。
僕が聞きたいのはそうゆうことではないと分かってるくせに、臨也さんはそれ以上何も言わない。
鼻先を擦り寄せてくる臨也さんは、僕が気づくのを待っているのだろう。
考える程の事でもないけれど。
「これを書けと?」
ひら、と臨也さんの背後で音を立てて紙切れを振った。
「そう。願いごと書いてよ」
書いてよという割にはちっとも緩まない腕の拘束に身じろぎをした。ら、余計強く抱き込まれた。意味が分からない。いつものことだけれども。