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幸福論者の有心論

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(たった数分の物語)


来良学園二年A組、進級して一週間も経たずに来なくなってしまった最後のクラスメイト。それが彼のことだった。
別に苛めとかがあったわけではない。教師曰く、小さい頃の病気が再発し入院したという話を聞いたのは、もう一ヶ月も前のことだった。
最初はクラス内でも気にする声も上がっていたが、今ではもう興味も薄れてしまっているんだろう。彼の話題がクラスで出ることがない。
確かにクラスでも特別目立つ存在ではなかった(でも名前は知っていると思う。特徴的だし)。成績も容姿も中の上、真面目で人当たりもよく至って「普通」の男子高校生。
臨也も一年の時は別のクラスだったため、彼の存在は当然知らなかった。向こうはどうだかは分からないが。

それでも臨也は二年生になったあの日から、彼を初めてちゃんと見たあの日から、ずっと彼のことを覚えていた。忘れられずにいた。




二年生になって初めてのホームルーム。「知ってる人もいるかもしれないが、」の担任の言葉で自己紹介が始まった。
他の生徒が名前や簡単な挨拶、趣味などを言っていく中で、臨也は自分の名前だけ簡単に告げると、それ以上は何も言わず椅子に乱暴に座った。
それにより一瞬教室は静まり返ったが、慌てた担任の呼びかけにより、気を取り直したようにまた自己紹介が始まっていった。
当の本人はそんなことを気にすることなく、さて今回は幸運にもクラスの別れたシズちゃんをどうからかおうか、と策を巡らせていた、その時。


「竜ヶ峰、帝人です」


立派な名前のわりに酷く落ち着いて、澄んで、すぐ消えてしまうような声が耳に届いた。それは臨也の鼓膜に、耳にじりじりと焼き付いていく。
臨也は声の方へ視線を向ける。視線の先、そこにいたのは普通で平凡な男子だった。
少し背が低めで、何処か幼い顔立ちをしてはいるが、何処にでもいる何の変哲もない男子、それなのに。

「ちょっと身体が弱いので休みがちですが、よろしくお願いします」

臨也が思考する間も自己紹介は進み、ぺこりと彼が頭を下げた後、教室に拍手が響く。彼が椅子に腰掛け、ふうと息を吐いている間も目を離せないでいる。
人間観察は好きだが、それはあくまで自分の興味を満たしてくれる相手だけであって。今日初めて会ったにも等しい彼に、どうしてこんなにも惹かれているのか。
知らない感情、初めての感情。理解できないことが嫌いな臨也は、ポーカーフェイスの下で苛立ちを覚えた。
担任の声もクラスメイトの声も耳をすり抜け、彼のことだけが臨也の思考を占めていく。すると、ふと顔を動かした彼の視線が臨也のそれと交差した。
(っ、やば)
不味い、何がかは分からないが兎に角不味い。慌てて視線を逸らそうとするが、真っ直ぐすぎるそれから逃げることができなかった。
どくんと心臓が脈打つ、らしくない自分に狼狽して混乱だけが増していく。そんな臨也を訝しげに見ることもなく、それどころか。



(……っ)


彼は柔らかく、そして暖かく、臨也に向かって微笑んだのだった。



それからはもう、視線は合わなかった。それでもこの数分にしか満たない時間で、臨也には十分すぎる出来事が起こっていた。
(何、これ)
どんなに女子に媚びられようと、邪魔だと思う以外の感情を抱かなかった。こんな、らしくもなくうろたえる様な感情など知らなかった。
(わけ、わかんね)


暖かい、だけど酷く脆くて、儚いそれを。淡く、大切に育てないと歪んでしまうそれを。
十七年目の人生にして初めて出会ったその感情の名前を、臨也はまだ知らなかった。






それから数日。彼と何とか接触しようと試みたものの、かなり悪いほうで有名だと臨也は自覚している分話しかけ辛く、結局何もできずにいた。
ずるずるとあやふやな感情を抱いたまま過ごしていた俺が、彼が学校を休校すると知ったのは、それからすぐのことだった。
教室にぽつんと一つだけ開いた机、それに臨也は黙って視線を向ける。彼がここに座ることはあるのだろうか、また、会えるのだろうか。
そもそも何処の病院にいるかも分からない。いっそ彼の友人とかから聞き出してしまおうか、なんて。
たかがクラスメイトの一人、特に目立たない平凡な男子。それなのにどうしてこうも気になるのか。彼に会えば分かるんじゃないだろうか、と臨也はずっと考えていた。

しかし考えるだけで行動に移せず、気付けば春はとうに終わり、日差しの強い季節が来ていた。


彼の席は、今でも空白のままだった。


作品名:幸福論者の有心論 作家名:朱紅(氷刹)