幸福論者の有心論
――同時刻。
「あっやば!そろそろ戻らなきゃクル姉帰ってきてるかも!」
病院内を気侭に探検していた舞流だったが、時刻を確認すると慌ててUターンをし、来た道を急ぎ足で帰っていく。その途中、曲がり角に差し掛かると、
「!わ…っ」
「っ、ご、ごめんね大丈夫?」
舞流は、自分よりも少し大きな影に勢いよくぶつかってしまった。しかし運動神経が良いため転ぶことはなく、転ぶことはなくその場に止まるだけに終わる。
慌てて声の方に顔を上げれば、そこにいたのは高校生ぐらいの、しかし何処か幼い顔立ちをしている男の人だった。寝巻きのように見える格好をしているところ見ると、此処に入院しているのだろう。
「私の方こそごめんねお兄さん!前見てなかったから…」
「待ち合わせ?」
「うん、イザ兄とクル姉がきっと私を待ってるからね!」
「……いざにい」
いざにい、そう呟いた時に彼がふと考え込むような仕草をした。それを認めて舞流はどうしたのだろうかと首を傾げる。
知り合いだろうか、もしかすると同じ高校に行っていたとか。そんな考えがふと浮かぶ。
「お兄さん、イザ兄を知ってるの?まぁイザ兄ってば悪い方で有名だろうしねー毎日静雄さんと喧嘩ばっかだし!」
彼にとって決定打となる言葉を舞流が無意識に口にすると、彼は大きな目を見開き瞬かせる。そして何か口にしようと口を開いたが、
「!舞流、お前何やっ……て、」
彼が言葉を吐き出す前に、二人の耳に鮮明な声が届いた。
舞流にとっては聞きなれた、彼にとっては懐かしい、だけど不自然に言葉を途切れさせた声が病院の廊下に響く。それほど大きくはなかったがそれは十分に耳に届き、二人の意識は自然と声のする方へ向けられた。
彼の大きな瞳が廊下の先にいる臨也へ向けられ、二つの視線が絡み合う。対する臨也は動きを固まらせ、舞流と一緒にいる人物を食い入るように見つめた。
「………どう、して」
「…如?(…どうしたの?)」
臨也の後ろをひょこひょことついて来ていた九瑠璃が不思議そうに臨也を見上げるが、臨也は全く視線を一点から動かさない。やがて、大きく息を吐き出すと意を決したように口を開き――呼んだ。
「……帝人、君」
ぽつりと小さく呟かれた名前、だが彼にはそれがしっかりと届いたようで。
「こんにちは、折原君」
彼は、帝人はあの時と同じ様に。
柔らかく、そして暖かく、臨也に向かって微笑んだのだった。