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火蓋は切って落とされた

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次から次へと降りかかる騒動の最中、呼び出された電話。思い通りにならない展開に苛立ちながら出た通話に一瞬で頭が冷えたことを思い出す。思案、そして次の瞬間に溢れたのは紛れもなく歓喜。
 離れてしまった愛しい子。愛を注ぐ弟が再び此処に還り来た。


 デュラハンの首を巡った一連の騒動。ダラーズという数の暴力をぶつけることによって一応の解決を見たこの事件は、裏で密かに火種が燻り続ける。中でもこれから火種を燃え盛ろうとさせている筆頭は、誰あろう、首の保有者となっている折原臨也だ。ややあってなし崩しに彼の助手という位置に収まっている矢霧波江はそれほど苦もなく新たな職場に順応し、今日も今日とて上司の戯言を聞き流しながら仕事を続けていた。

「――ああ、だから人は面白いよね! 愛しいなあ、愛してる!!」

 眼下に広がる新宿の街並みを見下ろしながら叫ぶ臨也の奇行にも頓着すること無く淡々と、淡々と。彼女は自らに与えられた仕事を完遂させていく。上司の戯言をBGMどころか思考から切り離して黙々と。
 そこには彼女の個人的感情など欠片も伺えない、ただ単調な作業の繰り返しがあった。続けられる行動に結果として、仕事は見事に処理される。
 そんな彼女の行動を見ながら臨也は僅かに目を眇めた。波江の働きに不満は無い。寧ろ給料に見合った働きだと言える。――だが、面白くない。
 人間観察を趣味と公言してはばからない新宿の情報屋はどんな時でもそれを怠らない。既に癖を通り越してライフワークに近いものにすらなっている。自ら歪んでいると自覚しているが、改まりはしない彼の性癖。それは例え仕事の助手でも同じこと。
 にやりと性質の良くない笑みを刷いて、臨也はデスクに向き直る。視線はパソコンに、手はキーボードの上を躍らせながら告げた。
「そういえばもう夏に入るけど、君の愛する弟くんとかはどうするのかなぁ?」
「……何よ急に」
「いや別に。来良ももうじき夏季休暇に入るころだからね」
「一ヶ月以上も先じゃない」
 溜息と共に止めた手を動かし始める波江に、臨也は得たりとばかりに話題を振る。
「いいよねぇ、学生諸君は時間が有り余って! これほどの長期休暇を取れるのなんて今のうちさ。モラトリアム大いに結構、人生を楽しむと良い! 波江の弟くんも長期休暇だし旅行にでもいくんじゃないの?」
「生憎とその予定はないみたいよ。連絡がないもの」
「そうかい? 姉に黙ってなんてことはあるものだけど」
「それならそれで構わないわ。私も行くだけだもの」
 平然と返された言葉にうちには夏季休業なんてものは無いんだけどと呟きながら、臨也はパソコンを操る手を休めない。どういったところで弟至上のこの女は休みを取るのだろう。そこに受諾以外の道は無い。
 ひょいと肩を竦め、臨也は画面隅に表示された時刻に笑みを深める。未だ波江の退社時刻には早く、街に学生たちが溢れ始めるこの時。唇を吊り上げた瞬間、タイミングよくインターホンが来客を知らせた。
「ああ、いい。俺が出るから」
 応対しようとした助手を制し、臨也は自ら来訪者を見る。マンションのエントランスにどこか居心地悪そうに佇む姿に眦を緩める。上がっておいでと告げてロックを解除すれば彼は戸惑いながらも中へと進んだ。
 彼が上がってくるまで少なく見積もっても一分弱。波江にお茶の用意をと告げて臨也はデスクへと戻る。座ったままにやにやと笑いながら玄関を見つめた。手際良く用意を終えた波江が無視でも見るような視線をこちらに投げてくるが些細なことだと黙殺する。
 玄関のインターホンが鳴り、視線で波江に指示をする。嘆息した彼女は肩を竦めながら義務的に玄関へと赴き、臨也は得たりと口角を吊り上げる。
 これから彼女がどう動くのか。彼がどう反応してくれるのか。互いにあの事件での敵対者であり正しく被害者と加害者。驚くのが普通、ならば次はどう出るか。
 期待に満ちた目で玄関を見る。――そこで、初めて臨也の予想は覆される。

「あら、帝人。どうしたのこんなところで」
「こんにちは波江さん。ご無沙汰してます」

 ぺこり、と頭を下げた帝人が照れくさそうに微笑めば、波江は微笑んでそんなことはないわ、と腕を伸ばす。緩んだ眦。限りなく愛おしいと伝える熱情が瞳の奥に浮かんでいる。それはまさしく彼女が弟に向けるのと同じ感情であり、帝人はそれをやや恥ずかしそうにしているものの拒絶する様子は無い。え、なにこれ。臨也は正しく面食らう。
 とりあえずこんなところに居ないで中にいらっしゃい、お邪魔します。彼らがそうやり取りされている間にも臨也の混乱は続く。
 折原臨也は人間観察が趣味だ。その上で彼は自分の予想以上の出来事が起こることを歓迎している。だが、言い換えればなまじ観察に長けているために予想外の事態に弱いとも言える。もちろん、弱いだけで済まされないのが折原臨也という人間なのだが。
 ともあれ、目の前で起きた出来事に表面上僅かに目を見開いた臨也は、すぐさま気を取り直して彼らに向き直る。椅子から立ち上がり、客人を迎えようと歩み寄り――そこでまたしても予想外の事態に遭遇する。
「やあ、よく来てくれたね帝人くん。迷わなかったかな?」
「折原さん、ご無沙汰してます」
「臨也でいい、って言ったはずだけどな」
 そういうところは相変わらずなんだねと呟き、肩に手をまわしてソファへと座らせたようとしたところで、ペシンと手は振り払われる。
 帝人ではない。彼は驚いたように目を瞠っている。ならば相手は一人。
「…………何するのかな、波江さん」
「汚い手で帝人に触らないで」
 絶対零度の眼差しで睥睨し、すぐさま態度を柔らかいものへと変え、座りなさいと微笑む波江は今お茶を淹れなおすわと言い置いてキッチンへと去る。家主を無視したこの所業に臨也はぱちぱちと瞬き、帝人は所在なさげに苦笑する。
「まあ、とりあえず座りなよ。立ち話もなんだし」
「はい、すみません」
 お邪魔します、と言って座る帝人はやはり慣れないのか、借りてきた猫のように縮こまる。近頃の高校生とは思えない幼い仕草に口元をほころばせながらも、同じくソファに腰をおろした臨也は足を組みながら問いかける。
「ともあれこうして会うのは久しぶりだね、帝人くん。その様子だとどう、池袋に慣れた?」
「はい。なんとか。そういう臨也さんもお元気そうでなによりです」
「チャットでも会ってるしね。……そうそう、久しぶりと言えば割と予想外だったんだけど」
 ちらりとキッチンへと視線を向ける。そこにはお茶の用意をする助手の姿。
「俺はてっきり君たちは険悪だと思っていたんだけど……随分と、仲がいいんだね?」
「ええ、ちょっとした縁で」
 困ったように首を傾げる帝人は、仕方がないと諦観を含んでいるようにも見える。それはどちらかと言えば身内に対する甘さのような、そんな許容が見え隠れしている。
 へぇ、と臨也は目を眇める。面白い。観察対象への好奇心がむくむくと沸き上がってくるのが分かる。帝人に対しての情報は池袋に呼び寄せる前にも一通り収集していた筈だが。
 再度調べ直すべきかと考えた時に、僅かな音を立てて波江が目の前に茶器を置く。
作品名:火蓋は切って落とされた 作家名:ひな