ぐらろく 光の帳で隠して
少年は、そう言ってぺこんと頭を下げた。ただ、軽く接触しただけなのに、なんと律儀な子だと、感心して笑った。
「どこか急ぐのか? 」
「いや、昼飯を食うつもりだった。」
「なら、ここで、俺の話相手しながら食ってくれよ。」
「別に構わない。」
そこで、スーパーの袋に入っている牛乳のブリックパックを、ひとつ取り出した。怪訝そうな顔をしつつ、少年は、俺の横に座る。
「これ、飲んでくれ。話相手の駄賃だ。・・・・・俺、以前の記憶はないんだけどさ。どうしてなのか、ついつい、牛乳のパックとかリンゴとか、そういうの四つ買っちまうんだよ。たぶん、家族が四人だったか、仲良くしていた友人が四人だったのか、そういうことだと思うんだけどさ。どうしてか、それは無意識にやっちまって、それで、スーパーの棚に戻せなくて、そのまま買ってくるから、たくさんあるんだ。」
少年は、俺の言葉に、かなり驚いた顔をして、それから、ニコリと笑った。手にしていたホットドッグを齧りつつ、「そうか。」 と、相槌を打ってくれる。
「きみは、この街の人? 」
「いや、違う。たまたま、用事があった。」
「おつかいか? 」
「まあ、そんなところだ。」
「えらいなあ。俺なんか専業主夫で、こうやって、だらだらと暮らしているっていうのにな。」
なぜか、その少年とは、穏やかな気分で話せた。ホットドックを齧っている間だけ、少年は付き合ってくれた。牛乳パックをひとつ飲み終えたので、もうひとつ、差し出したら、「もう、いい。」 と、断られた。
「まだ時間があるなら・・・・もう少し。」
せっかく知り合いになれたので、もう少し話したいと思ったが、少年は立ち上がった。そして、俺をじっと睨んで口を開く。
「そろそろ行く。・・・・あんた、今、幸せなのか? 」
「・・・・・どうなんだろうな。今までの全部をなくしたのは残念だけど、恋人がいてくれて助かったとは思う。・・・・・幸せかもしれないな。」
「そうか。」
どういう意味で少年が、そんなことを言ったのか、わからなかったが、自分の思った通りに答えた。答えは、少年にも納得がいくものだったのか、それ以上に尋ねずに、さっさと走って行ってしまった。
記憶が戻ったら、きっと違う答えになるだろう。けど、今、感じているのは、正直、そんなことだ。
作品名:ぐらろく 光の帳で隠して 作家名:篠義