お兄様が良く出来た弟に物申すぜ
晴れて、恋人同士になりましたが、良く出来た弟にお兄様が物申すようです。
ドイツの二人で寝ても充分幅のあるベッドの上、何故だか正座したプロイセンとドイツは膝を付き合わせ対峙していた。
「…お前に確認しておかなければならないことがある」
いざ、初夜。押し倒したいという衝動を堪えるのに、一苦労。兄に命令口調でそう言われると、師でもあり、父でもあるプロイセンにドイツは逆らうことは出来ない。ドイツは神妙な顔をして、プロイセンの顔を窺った。
「何だろうか?兄さん」
プロイセンは仰々しく咳払いすると口を開いた。
「お兄様はノーマルです」
「…知っている」
そう解ってる。プロイセンは女性が好きだ。それも自ら、巨乳好きだと言って憚らない。雑誌のグラビアを開いて、まじまじと「いいおっぱいだと思わねぇ?」…と、自分に同意を求めてくるのだから。確かに魅力的だとは思うのだが、自分にとってそれを見てにやけているプロイセンの方が可愛いと思うのだから、かなり自分は末期だとドイツは思う。
「んで、ゲイでもありません」
「ああ」
解ってる。解っているが、プロイセンはこの期に及んで何を言いたいのだろうか。じりじりと焦らされているようなむず痒さと足の痺れも限界でドイツはプロイセンは睨んだ。
「だけど、俺はお前のことがちゃんと好きだし、愛してる」
プロイセンにそう言われるのは嬉しい。嬉しいが早く、コトを先に進めたいと身体は切に願っているが、どうにもこうにもプロイセンの話は長そうである。ドイツは心の中、溜息を吐いた。
「…ああ」
「俺が女役ってのは、まだ納得してねぇけど、今回はそれには目を瞑ってやる。…俺が確認しておきたいのは、お前がベッドの下に隠してる怪しい玩具、まさか、俺に使おうなんて思ってないだろうな?」
にっこりと微笑んだプロイセンの目は笑ってはいない。ドイツの背中を冷たい汗が伝った。
「何故、兄さんが知ってるんだ?」
ドイツは視線を逸らすことも出来ず、プロイセンの赤を見つめ返した。
「お兄様はお前のことなら、何でも良く知っています。…で、どうなんだよ?」
丁寧な言葉遣いが瞬時にして等閑になる。ドイツはそれに身構えた。これはプロイセンが自分を詰問するときの常套手段なのだ。ドイツは身構えた。
「…それは…」
「んー?」
「…その」
「ああ?」
「…そのだな」
「アン?」
「あれはその…」
「グダグダ言ってねぇで、ハッキリしやがれ!!」
言い訳を探し、言葉を濁すドイツに気の短いプロイセンの雷が落ちる。ドイツはびくりと肩を竦めた。…本能的にこういうときのプロイセンは怖い。軍に居る頃は、新人兵卒の教官をプロイセンはしていた。ミスを犯し、それを誤魔化そうものなら、容赦なく平手が飛んできたことを思い出す。…それは痛かったし、怖かった。プロイセンは鬼教官そのものだった。そして、プロイセンほど頼もしく、慕われていた上官もいなかった。叱るのも上手ければ誉めるのも滅法上手かった。飴と鞭の使い方が本当に絶妙なのだ。そのプロイセンが振るうのは今は鞭だ。ドイツは身を竦めた。
「…使ってみたい…と、思ってる」
正直に言うしかあるまい。ドイツはプロイセンを窺う。プロイセンは険しい顔をしたまま、溜息を吐いた。
「…女役は譲歩してやるが、お兄様は踏ん縛られ、蝋燭垂らされたり、鞭でぶたれて悦ぶ危ねぇ趣味は持ち合わせてねぇんだよ!!」
「な、SMとは支配するものとされる側の精神的関係をいうのであって SMとは【〜30分くらい熱くSMについてドイツが説明…以下略…〜】…なんだ。SMというと、鞭だの、蝋燭だのは、ロープなどで身体を拘束したりと言うイメージだが、それはプレイの一環だ。 「痛い、熱い、恐い」といった先入観があるが、SMは精神的つながりをベースとした上で、 成り立っているものなんだ。この精神的信頼感がないと、プレイは単なるイジメや暴力となってしまうだろう。俺は…」
長々とドイツが語る言葉にプロイセンはげっそりとした顔をする。
(…ああ、俺の可愛い、蝶よ花よと育てた可愛い弟はどこに行った?)
こんなことを熱く語られれば語られるだけ、プロイセンはドン引きしていく。反対にドイツの口は会議のときのように饒舌に動く。それぐらい愛を語って見やがれとプロイセンは思うが、人には向き不向きがある。…しかし、SMを熱く語ったところで自分が理解し受け入れ、「ja」と素直に頷くとでも思っているのか。答えは「Nein」だ。
「SMプレイとは、2人の間に、強固な精神的信頼関係があって初めて成立するものなんだ」
そんな信頼関係、嫌だ。…と言うか、必要ないだろ。今のお前と俺に信頼関係はないとでも?…ああ、俺、早まったか?!…しかし、ここでドン引きしている場合じゃない。兄として弟の目を覚ましてやらねば。…妙な使命感に燃え、プロイセンはドイツの言葉を遮り、口を開いた。
「…説明はもういい。…つーか、箱に入ってるバイブにディルド、ローターは何に使う気だ?まさか、俺に突っ込みたいなんて言わないだろうな?アア?!」
据わった目を向ければ、ドイツは明らかに狼狽したように視線を泳がせた。
「…それは、ちょっと、興味があってだな」
「…興味ねぇ。お兄様で試したいってか?」
「…ja」
こくりと恥らうように頷いたドイツにプロイセンははあと深い溜息を吐いた。…線引きはやはり必要だ。許せることと許せないことがある。ドイツは多分、自分が折れてくれるだろうと高を括っているのだろうが、冗談ではない。何が楽しくて、弟に鞭で打たれたり、縛られたり、有り得ない太さのおもちゃを突っ込まれないといけないのだ。ドイツのだって…もう何と言うか、男として精神的にダメージを食らった太さと長さに……相当な覚悟をしたのだ。それ以外までなどまったくもって冗談ではない。
「んな真似働いてみろ!家、出て行ってやる!!」
眉間に思い切り皺を寄せ、プロイセンは怒鳴り、ドイツを睨む。睨まれたドイツは青い目を細めた。
「…出ていく?…兄さんに帰る家などないだろう。フランスやスペインのところにでも潜りこむつもりか?それは相手方に迷惑になるから、やめてくれ。外交にも支障を来すようなことになっては困るからな」
冴え冴えと冷たい青が口元に酷薄な笑みを浮かべ、プロイセンを見据える。どうやら、何かのスイッチを押してしまったらしい。イタリアならばそれにすぐさま、白旗振って逃げ出すだろうが、元軍事国家であるプロイセンが教え子であり子であり、弟であるドイツに怯むはずもない。怯むどころかプロイセンは哄笑した。
「あるぜ。お前、忘れてねぇか?」
プロイセンの高飛車な態度にドイツは眉を顰める。この兄にこの家以外に身を寄せる場所があろうか?…いや、あるはずがない。プロイセンは既に国ですらなく、ドイツの為だけに生きているのだ。その兄にここより他に行くべきところなどあるはずがない。兄お得意のただのはったりだろう。…ならば、なし崩しだ。上手いこと丸め込んで調教してしまえば良い。悪魔がドイツに囁く。ドイツは口角を少しだけ上げ、改めて、プロイセンを見やった。
「あなたにここ以外に帰る場所があるとは初耳だ」
作品名:お兄様が良く出来た弟に物申すぜ 作家名:冬故