はじまりのひと
―――ピピッ、と薄闇に短い電子音が響いた。
同時にブゥン、という羽虫の羽ばたきにも似た音を立て、緑の光が室内を照らす。
光源に浮かび上がるのは、ずんぐりとした小山のようなシルエット。がっしりとした胴体に太い手足、その上にカボチャをのっけたような巨体である。
まるで子どもたちが「いたずらにくっつけたらこうなっちゃった」とでも言いたげな、ハロウィンの悪夢のごとき容貌。
その顔面に装着されたゴーグル型特殊スコープに、文字列が踊った。
『CPU起動。メインモニター接続開始。自動点検シークエンス開始。休眠(スリープ)モードから待機モードへ移行。シークエンス完了。各部異常なし。各種設定確認。最優先事項及び目的順位確認。設定完了。ボンゴレ本部中央管制室とリアルリンク接続を確認。待機モードから巡航(クルーズ)モードへ移行。全関節ロック解除‥‥‥これより行動を開始する』
一歩、足を踏み出す。
ガシュ、と地面を捕らえる確かな感触。振動と共に胸部動力源から体躯のすみずみまで熱量が行き渡る。さらに一歩、踏み出す。もう一歩。さらに前へ。前へ。
どうやら駆動系コントロールユニットは正常に作動しているようだ。体躯に伝わる余分な熱量が、蒸気となって冷却ユニットから排出された。
『ごしゅぅ』
熱が朝方の冷えた室内に、白く浮かび上がる。見ようによっては大きく息を吐いたようにも見えるのだろうが、そんなことはありえない。
自機は呼吸を必要としないからだ。
かつてイタリア軍の研究室により秘密裏に設計された特殊人型兵器、『ゴーラ・モスカ』
――――それが自機に与えられた名称である。
《はじまりの人》
『現時刻確認。20XX年X月X日午前7:15。現在地確認。ボンゴレ本部内ヴァリアー待機室。最優先目的事項確認。ドン・ボンゴレの警護及びボンゴレファミリー本部の警備任務。設定完了。ボンゴレ中央管制室よりデータを受信。解析開始』
ずらずらとメインモニターに映し出される単語の羅列。それとともにボンゴレ本部から接続された回線からデータ群が流れてくる。幾重にも暗号化されたデータを解除、解凍すれば画面に広がる精密地図。その地図には、本日の警備巡回ルートが提示されていた。
『巡回ルート確認。設定完了。これより巡回に入る』
ゴーラ・モスカは、地図に従い廊下に出ると、がしゃん、がしゃんと重い足音を立てて、ボンゴレ総本部をめぐる長く広い廊下を歩きはじめた。
現時刻、午前7:20。
一日がはじまるこの時間、敷地内はいささか慌ただしい空気につつまれている。
嗅覚センサーは人間にとってエネルギー源となる有機物の数々を空気中に感知し、(それはベーコンエッグやワッフルと呼称される固形有機物であったり、またコーヒーと呼称される液体飲料である、とCPUが解析、報告する)、また熱探知センサーは食堂及び厨房でいくつかの熱源を(こちらはガスレンジ、オーブンと呼称される調理器具である)、赤外線センサーは屋敷内を動く多数の人間(身体的特徴、足音から特定人物をサーチ。判明。ボンゴレファミリー構成員。夜間警備担当者。該当人物とデータ照合。一致を確認)を探知している。そして、そのすべての情報をCPUはデータ照合し、判断していく。
『ネガティブ。危険因子にはなりえない。次目的場所へ移動する』
こうして、ゴーラ・モスカは屋敷内の巡回を終えると、中庭へと足をすすめた。
空はすっきりと晴れわたり、さわやかな朝の光をうけ周囲の草花には朝露がきらめく。
美しく整えられた花壇にそって、ゴーラ・モスカは巡回を続ける。
外気温の変化を感知し、ごしゅぅ、とふたたび冷却ユニットから蒸気が放出された。
どうやら先日行われた改良作業はうまくいったようだ。今回インストールされた制御システムは駆動系との相性もいいようで、モニターに表示された稼働効率、及びバッテリー残量は理想的な数値を示している。
あのボンゴレリング争奪戦の後、自機は『死ぬ気の炎』を動力源とするのではなく、特注のバッテリーパックによって稼働するよう改良を加えられた。しかしそれにより稼働時間、出力の両面で著しく性能は後退することとなったのである。
減少した稼働時間をカバーするため、高出力を要する腹部の圧縮粒子砲、重量をくう背面部のロケットランチャーなどの装備は取り除かれ、兵器としての性能は最低限に落とされている。(もちろん一般的なマフィア間抗争においては十分すぎるほどの戦力なのだが)
しかし、それでも確保された稼働時間は十分とはいいがたい。それゆえ、いかにバッテリーを効率的に運用するか、つまりは制御システムが重要となってくるのだ。
前回改良を行った際は、駆動系とのかみ合いがうまくいかず、稼働時間は伸びたものの、本来の性能を発揮することは叶わなかったが。今回の制御システムはおおむね良好、理想的なパワー配分で動いている。
『ごしゅう』
メインモニターにリポートされる結果を確認。満足気な様子である。たとえ人間のように感情を持たずとも、自機の性能が伸びることは歓迎すべきことなのだ。
同時に現時点の分析結果をボンゴレ技術部に送信。レポートを送ることも重要任務に含まれている。この動力源の変更自体はボンゴレの技術部とファミリー御用達の武器チューナーによって行われたものだが、当初の改良の際に、ゴーラ・モスカの行動プログラムにもいくつか大きな変更が加えられた。
その最たるものが、兵器としての性能には不必要な情報、知識が入力されていることだ。
例えばそれは、上空を飛ぶ鳥たちの名称であったり、この庭に咲き誇る草花の名称といった、どのように類推しても兵器の自機には、まったくもって、不必要だと判断される知識である。このインプットされた知識ゆえに、ゴーラ・モスカは目の前に咲くこの小さな薄紅色の植物の『花言葉』だってそらんじることが・・・不本意ながらできてしまうのだ。
―――――兵器として作られた、この自機がである。
この不可解な改良にはボンゴレ十代目であるサワダツナヨシの意向が大きく影響されているとのことで、若きボンゴレ十代目がいったい何を考えて、CPUに花言葉などというファンシーな情報を入力したのか、ゴーラ・モスカは理解に苦しむ。
『ご、ごしゅう』
CPUに熱量が籠もってきたところで、ふたたび冷却ユニットから蒸気が放出された。
複雑怪奇な人間の、それもボンゴレ十代目の思考を分析したところで、ましてや理解しようなど、兵器の自機には不毛な話だ。
CPUの容量を無駄にくうだけである。演算装置がオーバーヒートなど起こしてはたまらない。ひとまず、未解決論理式フォルダ(ここにはゴーラ・モスカにとって未解決、未整理なデータを蓄積しているが、そのほとんどがサワダツナヨシの言動に関してである。迷惑な話だ)に放り込んで、ゴーラ・モスカは中庭の索敵行動を再開した。
『2時方向に熱源を感知。赤外線及び光学センサーにて確認。照合作業開始。該当者検出。ロベルト・フォルゲーニ。ボンゴレ本部専属の庭師。危険レベルD』
花壇の隅にしゃがんで黙々と作業を続けている人影に、がしゅ、がしゅ、と重い足音を立ててゴーラ・モスカは接近した。
「お、モスカ。おはようさん。今朝はずいぶんと早起きだな」
同時にブゥン、という羽虫の羽ばたきにも似た音を立て、緑の光が室内を照らす。
光源に浮かび上がるのは、ずんぐりとした小山のようなシルエット。がっしりとした胴体に太い手足、その上にカボチャをのっけたような巨体である。
まるで子どもたちが「いたずらにくっつけたらこうなっちゃった」とでも言いたげな、ハロウィンの悪夢のごとき容貌。
その顔面に装着されたゴーグル型特殊スコープに、文字列が踊った。
『CPU起動。メインモニター接続開始。自動点検シークエンス開始。休眠(スリープ)モードから待機モードへ移行。シークエンス完了。各部異常なし。各種設定確認。最優先事項及び目的順位確認。設定完了。ボンゴレ本部中央管制室とリアルリンク接続を確認。待機モードから巡航(クルーズ)モードへ移行。全関節ロック解除‥‥‥これより行動を開始する』
一歩、足を踏み出す。
ガシュ、と地面を捕らえる確かな感触。振動と共に胸部動力源から体躯のすみずみまで熱量が行き渡る。さらに一歩、踏み出す。もう一歩。さらに前へ。前へ。
どうやら駆動系コントロールユニットは正常に作動しているようだ。体躯に伝わる余分な熱量が、蒸気となって冷却ユニットから排出された。
『ごしゅぅ』
熱が朝方の冷えた室内に、白く浮かび上がる。見ようによっては大きく息を吐いたようにも見えるのだろうが、そんなことはありえない。
自機は呼吸を必要としないからだ。
かつてイタリア軍の研究室により秘密裏に設計された特殊人型兵器、『ゴーラ・モスカ』
――――それが自機に与えられた名称である。
《はじまりの人》
『現時刻確認。20XX年X月X日午前7:15。現在地確認。ボンゴレ本部内ヴァリアー待機室。最優先目的事項確認。ドン・ボンゴレの警護及びボンゴレファミリー本部の警備任務。設定完了。ボンゴレ中央管制室よりデータを受信。解析開始』
ずらずらとメインモニターに映し出される単語の羅列。それとともにボンゴレ本部から接続された回線からデータ群が流れてくる。幾重にも暗号化されたデータを解除、解凍すれば画面に広がる精密地図。その地図には、本日の警備巡回ルートが提示されていた。
『巡回ルート確認。設定完了。これより巡回に入る』
ゴーラ・モスカは、地図に従い廊下に出ると、がしゃん、がしゃんと重い足音を立てて、ボンゴレ総本部をめぐる長く広い廊下を歩きはじめた。
現時刻、午前7:20。
一日がはじまるこの時間、敷地内はいささか慌ただしい空気につつまれている。
嗅覚センサーは人間にとってエネルギー源となる有機物の数々を空気中に感知し、(それはベーコンエッグやワッフルと呼称される固形有機物であったり、またコーヒーと呼称される液体飲料である、とCPUが解析、報告する)、また熱探知センサーは食堂及び厨房でいくつかの熱源を(こちらはガスレンジ、オーブンと呼称される調理器具である)、赤外線センサーは屋敷内を動く多数の人間(身体的特徴、足音から特定人物をサーチ。判明。ボンゴレファミリー構成員。夜間警備担当者。該当人物とデータ照合。一致を確認)を探知している。そして、そのすべての情報をCPUはデータ照合し、判断していく。
『ネガティブ。危険因子にはなりえない。次目的場所へ移動する』
こうして、ゴーラ・モスカは屋敷内の巡回を終えると、中庭へと足をすすめた。
空はすっきりと晴れわたり、さわやかな朝の光をうけ周囲の草花には朝露がきらめく。
美しく整えられた花壇にそって、ゴーラ・モスカは巡回を続ける。
外気温の変化を感知し、ごしゅぅ、とふたたび冷却ユニットから蒸気が放出された。
どうやら先日行われた改良作業はうまくいったようだ。今回インストールされた制御システムは駆動系との相性もいいようで、モニターに表示された稼働効率、及びバッテリー残量は理想的な数値を示している。
あのボンゴレリング争奪戦の後、自機は『死ぬ気の炎』を動力源とするのではなく、特注のバッテリーパックによって稼働するよう改良を加えられた。しかしそれにより稼働時間、出力の両面で著しく性能は後退することとなったのである。
減少した稼働時間をカバーするため、高出力を要する腹部の圧縮粒子砲、重量をくう背面部のロケットランチャーなどの装備は取り除かれ、兵器としての性能は最低限に落とされている。(もちろん一般的なマフィア間抗争においては十分すぎるほどの戦力なのだが)
しかし、それでも確保された稼働時間は十分とはいいがたい。それゆえ、いかにバッテリーを効率的に運用するか、つまりは制御システムが重要となってくるのだ。
前回改良を行った際は、駆動系とのかみ合いがうまくいかず、稼働時間は伸びたものの、本来の性能を発揮することは叶わなかったが。今回の制御システムはおおむね良好、理想的なパワー配分で動いている。
『ごしゅう』
メインモニターにリポートされる結果を確認。満足気な様子である。たとえ人間のように感情を持たずとも、自機の性能が伸びることは歓迎すべきことなのだ。
同時に現時点の分析結果をボンゴレ技術部に送信。レポートを送ることも重要任務に含まれている。この動力源の変更自体はボンゴレの技術部とファミリー御用達の武器チューナーによって行われたものだが、当初の改良の際に、ゴーラ・モスカの行動プログラムにもいくつか大きな変更が加えられた。
その最たるものが、兵器としての性能には不必要な情報、知識が入力されていることだ。
例えばそれは、上空を飛ぶ鳥たちの名称であったり、この庭に咲き誇る草花の名称といった、どのように類推しても兵器の自機には、まったくもって、不必要だと判断される知識である。このインプットされた知識ゆえに、ゴーラ・モスカは目の前に咲くこの小さな薄紅色の植物の『花言葉』だってそらんじることが・・・不本意ながらできてしまうのだ。
―――――兵器として作られた、この自機がである。
この不可解な改良にはボンゴレ十代目であるサワダツナヨシの意向が大きく影響されているとのことで、若きボンゴレ十代目がいったい何を考えて、CPUに花言葉などというファンシーな情報を入力したのか、ゴーラ・モスカは理解に苦しむ。
『ご、ごしゅう』
CPUに熱量が籠もってきたところで、ふたたび冷却ユニットから蒸気が放出された。
複雑怪奇な人間の、それもボンゴレ十代目の思考を分析したところで、ましてや理解しようなど、兵器の自機には不毛な話だ。
CPUの容量を無駄にくうだけである。演算装置がオーバーヒートなど起こしてはたまらない。ひとまず、未解決論理式フォルダ(ここにはゴーラ・モスカにとって未解決、未整理なデータを蓄積しているが、そのほとんどがサワダツナヨシの言動に関してである。迷惑な話だ)に放り込んで、ゴーラ・モスカは中庭の索敵行動を再開した。
『2時方向に熱源を感知。赤外線及び光学センサーにて確認。照合作業開始。該当者検出。ロベルト・フォルゲーニ。ボンゴレ本部専属の庭師。危険レベルD』
花壇の隅にしゃがんで黙々と作業を続けている人影に、がしゅ、がしゅ、と重い足音を立ててゴーラ・モスカは接近した。
「お、モスカ。おはようさん。今朝はずいぶんと早起きだな」