はじまりのひと
老齢の庭師は地面から顔をあげ、額に浮かんだ汗をぬぐうと、ゴーラ・モスカに笑みをむけてきた。
『ごしゅう』
以前、花壇の柵を修復する作業を手伝ったことがあるが、それ以来、庭を巡回中に何かとよく声をかけてくる人物である。
「そうか、そうか、元気そうで何よりだ」
『ごしゅう』
「巡回中ごくろうさん。ところで、仕事してるとこ悪いんだがな、この肥料袋運ぶのちょいと手伝ってくれんかね?」
『音声による依頼を認識。許容可能範囲内の行動と判断。受諾。行動を一部変更』
ゴーラ・モスカは老人が指さすズタ袋をひょいと肩に担ぐと、彼の後をついて歩き始めた。
「おう、ごくろうさん。ここに置いてくれ」
『ごしゅう』
「いやーたすかったよ。ありがとな。これから巡回の続きかい?」
『ごしゅう』
「そうかそうか、んじゃもう一つ頼まれ事きいてくれんか?この花、きれいだろう。ワシが精魂込めて育てた自慢の花さ。いまが盛りだ。これをな、あの方に持っていってくれんか?」
『ごしゅう?』
「ん、ワシらのボス。ドン・ボンゴレじゃよ」
『ご、ごしゅぅ!』
「なんだぁ?おまえさん、そんな大っきな図体で不安そうにして。そんでな、ワシからもよろしくとお伝えしておくれ」
そう言って庭師はパチパチと鋏を入れると、あっという間に小ぶりながらも華やかな花束を作ってしまった。ずい、と差し出された花束に瞬時に右手が反応。ぶん、と突き出された手に、金属の冷たい感触などお構いなしに、庭師はしっかりと花束をにぎらせた。
「じゃ、頼んだよ」
そう告げると庭師はさっさと自分の仕事にもどってしまう。あとには、無骨な手に不釣り合いな淡い可憐な花束を抱え、立ちつくす人型兵器の姿があった。
『……ごしゅう』
ゴーラ・モスカのCPUはフル稼働で分析をはじめる。
『依頼内容を再度確認、行動の結果を予測、分析を開始する』
偶然にも、ゴーラ・モスカはボス執務室へ昨日ヴァリアーの作戦隊長から渡された任務報告書データを届ける目的が設定されている。
つまりは、どのみちサワダツナヨシのもとに行くことにはなっているのだ。問題はない。だが、これを、花束をサワダツナヨシに手渡す。それは果たして人型兵器であり、ボンゴレが誇る特殊暗殺部隊ヴァリアーに所属する自機の行動として如何なものか。
だが、しかし、ロベルト・フォルゲーニの依頼は許容可能範囲内の内容である。行動に支障はない。だからといって、なにゆえ、自機が、花束を、サワダツナヨシに。
『エラー。エラー。エラー。警告。CPU解析容量をオーバーしています。警告。警告。オーバーヒートの危険性。エラー。エラー。警告。警告』
メイン画面に点灯する、レッドアラート。CPUがこれ以上の解析は危険だと告げる。
『ご、ごしゅう』
ゴーラ・モスカは余分な熱量を放出すると、またしても処理項目を未解決フォルダに移送し、解析を強制終了した。ようするに人間で言うと、『匙を投げた』のである。
『……行動を修正。完了。これよりボンゴレ・ボス執務室へ向かう』
CPUを融解しそうな熱量にふらふらと(動体制御がおいついていない)よろめきながら、ゴーラ・モスカは目的地へと足をすすめたのだった。
ボンゴレファミリー本部、その最奥に置かれるのが、ドン・ボンゴレ執務室である。
各種センサーは室内に複数の生体データを確認している。その分析結果からおそらく、いや、確実にサワダツナヨシは在室である。
落ち着いた木調の扉を前にして覚悟を決めると、ゴーラ・モスカは一般的常識プログラムにそって、扉を軽くノックした。
「誰だ?」
『音声データを確認、獄寺隼人。データベース情報に一致。自称ボンゴレ・デーチモの右腕。嵐の守護者。今朝もドン・ボンゴレの執務補佐の為に、執務室に詰めていたものと推測される。危険レベルD・・・訂正。特殊危険レベルA』
ガチャリと扉が開かれると、そこには予想に違わず鋭い眼差しの青年が立っていた。
「うぉっ、モスカじゃねぇか!」
「え?モスカ」
『音声を確認。データ照会。該当者を検出。サワダツナヨシ。ボンゴレ・デーチモ』
「ヴァリアーの差し金か?いったい何しにきやがった?」
「いいよ、獄寺くん。通してあげて」
「しかし、十代目」
「大丈夫だって」
しぶしぶと長身をずらして隙間をつくった獄寺の横を抜け、室内に足を進める。正面に置かれたマホガニー製のオフィスデスク、背後には大きく切り取ったガラス窓。
そのまぶしい光を背中にうけて、彼は、サワダツナヨシはにっこりと微笑みかける。
『サワダツナヨシを目視にて確認。ヴァリアー極秘プログラムに従い、これより映像を記録及び設定通信先に配信を開始する』
はっきり言って、あきらかに間違った運用なのだが、これ幸いというべきか、この極秘任務は暗号化されて組み込まれているためボンゴレ技術部もツナヨシ本人も気付いていない。
そんなこととは露知らず、ツナヨシはのほほんと声をかける。
「やあ、モスカ。久しぶりだね。元気だったかい?」
まるで、人間同士のような会話。不可解なことに、サワダツナヨシはいつだって自機に対して、決してマイナスでない感情を持って話しかけてくる。
――――かつて自分の命を狙った相手に。銃口を向け、そして破れた自機に。
サワダツナヨシの複雑な思考回路、感情表現に、またもやCPUの熱量が高まる。
『ごしゅぅ』
あいにくと自機には音声出力機能は搭載されていない。返事のかわりに、上昇する熱量を冷却システムが放出させると、ゴーラ・モスカは庭師ロベルト・フォルゲーニの手によって作られた花束をずいっと差し出した。
「え、この花を、オレに?」
目の前に突き出された淡い色彩に、琥珀色の瞳が驚きに見開かれ、一瞬の沈黙の後、口もとがふわりとゆるみ、
「ありがとな」
サワダツナヨシは、ふにゃりと微笑んだ。
―――――その瞬間、すべてを灼きつくすような熱量が自機を駆けめぐる。
モニターは即座にホワイトアウト、メイン回路はショートし、CPUが最大限の警報をかき鳴らす。
『警告。警告。内部温度の急激な上昇を確認。設定耐用温度を再度確認。オーバーしています。警告。限界値をオーバーしたため回避行動として全冷却ユニットより強制的に蒸気を放出』
『ご、ごしゅうぅぅう!!』
「うわ!なに?!どうしたの」
「なっ、十代目!伏せて下さい!!」
全身から白い煙を吹き出すゴーラ・モスカに反応して、扉付近に控えていた獄寺が突撃。ツナヨシをかばって、床に押し倒す。ツナヨシは後頭部をしたたかに打ち付け、涙目で、それでもゴーラ・モスカを心配そうに見やって。
「ったぁ!頭打った!モ、モスカ?」
「じゅ、十代目!すいません、大丈夫ですか!」
「なんだ!どうした、ツナ」
「極限に何事か!」
「あららのら~爆発なの?ねぇねぇ、それ爆弾?それならね~ランボさんも持ってるんだもんね~」
「いつまでツナヨシくんに乗っかっているのです!獄寺隼人!!さっさとどきなさい、まったくいやらしい!!」
「わぉ、キミたち風紀を乱したね・・・全員まとめて咬み殺す」
「うわ!ちょっ、みんな、なんでここに。って何その武器!!」