COIN LAUNDRY
コインランドリーが好きだ。
清潔で明るくて、広くて静かだ。そして光熱費がかからない。
冷暖房完備、 雑誌や、漫画も完備、テレビまである。そして、光熱費がかからない。
勉強したり、涼んだりするには最適の場所だった。
今日も洗濯物を投げ込むとノートを拡げた。
「あれ? 余賀くん?」
聞き覚えのある声がした。大きなガラス張りのランドリーの壁から見知った顔がこちらに手を振っている。
「せ、宣野座さん……」
ラフな出で立ちでありながらも、爽やかな印象を与える青年が不釣り合いな室内へと入ってきた。
「勉強かい?」
拡げていたノートを覗き込むと宣野座はそう微笑んだ。
「はい、ここだと静かなので……」
「そうだね、明るいし机も広いしね」
そう辺りを見回しながら宣野座は自販機の前で立ち止まった。コインランドリーの良い所は自販機も置いてあることだ。洗剤の販売に始まり、飲み物やアイスも売っている。
「はい、どっち食べる?」
ボランティア王子と称されている笑顔で、宣野座は二つアイスを差し出された。
「えっ、いいですよ……」
「一人で食べるのってさ気が引けるだろ? 付き合いなよ」
そう微笑まれれば断ることも出来ずに、公麿はソーダ味のアイスを頂きますと受け取った。
「それにさ、二人で食べれば……」
袋から出したアイスに何気なく宣野座は近付き、ぺろりとひと舐めした。
「どっちも味見出来るだろ?」
「…………。」
「ちょっと、行儀悪かったかな」
小首を傾げて片目を瞑る男からは、悪意なんて感じられず笑って応じるしかなかった。
「大変だね……」
アイスを食べ終わった宣野座は、じっと公麿の手元のノートを見つめている。
「あっ、そこなんだけど……」
トントンと白く細長い指先がノートの一部を叩いている。そう思ったかと思えば『貸してみて』と呟くと、さらさらと文字を書き連ねた。公麿の文字と比べると、繊細で美しい文字だった。
「こうじゃないかなって思うんだけど……」
「あっ、そうですね……。ありがとう……」
「どういたしまして、専門じゃないから自信はないんだけどね」
そう両肘を付いて顎を乗せてまた微笑んでいる。きっと、真朱や女の子なら嬉しいんだろうなと思う、そしてどうしてこの人はこんなにも笑っていられるだろうかと眩しくも感じる。
「じゃあ、僕はそろそろいくよ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「少しは君の役に立てたかな?」
そう笑って宣野座は出て行った。大きなガラスの扉が、通りを行き交う車を映し出している。車のライトが反射したのか、キラキラとその背中は輝いていた。
一人になるとただでさえ広い室内がより広く感じ、そして静かだと思う。それが良くてここを勉強場所に選んだのに今はそれを淋しいとすら感じている。
こんなに明るくて、そしてガラス窓一枚隔てた道路では人が行き来しているのに、抑えきれない寂寥感に襲われている。
紛らわす為にノートに目を写すと、再びドアが開く音がした。
「こんなところで勉強か~?」
聞き覚えのある女性の声に、顔を上げれば彼女の開かれた胸元が視界に飛び込んできた。豊かな胸元の谷間とそれを彩る下着が視界に入り、どう視線を逸らせばいいのか判らずに公麿は戸惑うばかりだ。なによりも、その柔らかい質感が蘇り自然と頬が熱を帯びていく、彼女は動揺する公麿の姿をサングラスに隠されてはいるが楽しんでいるように見えた。
彼女、ジェニファー・サトウは、対面の椅子に座ると、まるで公麿を揶揄するように前屈みに更に身体を近付けた。
「はい、やりなおし」
今まで書き込んでいたノートをサトウは、一気に消しゴムで消した。
「えっ、ちょっと……」
一体、どこが間違えているのかも判らず、広範囲に消された残骸と、テキストを見遣りながらもう一度考え直した。暫く、唸りながら虫食いのように残る文字を消していくと、はっと公麿は顔を上げた。
そこには大きな胸と、その上にはチュッパチャプスを口に咥えたサトウの顔があった。
「判ったよ。ここが間違ってたのか」
そう呟くと、再び公麿はノートを埋め始めた。それを上から覗き込みながら、『うーん』と飴を口に咥えたままサトウは唸っている。
「こういうことだろ?」
公麿が顔を上げる前にサトウの掌がのび、頭をぐりぐりと撫でられた。
「なにすんだよっ」
「はい、正解。これ景品ね」
胸のポケットから出されたモノは、彼女が舐めているものと同じ棒付きキャンディーだった。
「じゃあ、頑張れよ、学生」
そう片手を上げてサトウは去って行った。彼女がここに何をしに来たのか判らないが、公麿の姿を見かけて入ってきたことは判る。それは宣野座も同じだが、なにかそれが嬉しい。置き土産、いや、景品の飴を口に咥えながら公麿は残りの問題に取りかかった。
口の中に飴は無くなり、その甘さも舌先から消失したころ、コトンと目の前に缶コーヒーが置かれた。
「えっ?」
「精が出るな……、勉強か?」
その低く艶のある声に顔を上げれば、顎髭を蓄えた男の姿は無く、辺りを見回そうとした瞬間、肩に手を置かれた。見上げれば、三國は背後に立っていた。
「三國さん……」
「この前のお礼だよ」
「いいよ、そんなの……」
それが、彼と初めて出会った時のことだと思ったが、公麿としてはあれは礼であったのだから、それのお返しとしてはおかしな話だが、好意なのでありがたく受け取ることにした。
初めて会ったときと同じラフな服装は、金融街での彼の姿からすると違和感を感じるが、逆にその差が面白くもある。印象が大夫違うなと想いながら、公麿は缶コーヒーを口にした。
隣に腰掛けた三國にもまた缶コーヒーを口にしている。あの日と同じ物だが、あの時はホットで、今は冷えている。
「ここなんだが……」
「なに?」
缶を片手に指先がノートの一点を突いている。
「いや、この考え方もいいと思うんだが、こう考えてみないか?」
そう三國は呟くと、公麿が書き込んだ下にさらさらと文字を書き込み更に説明を咥えていく、その言葉一つ一つを聞きながら公麿は力強いが、細い字体を眺めていた。
「あっ、こっちのが判りやすい」
まるで、晴れ渡ったようだった。些細なことなのにすっきりした気がする。そういう考え方もあるのだと納得できた。
「そうだろう? じゃあ、この問題はどうする?」
「えっと……、あっ、こう?」
思考の方向性を変えればいいのだと、応用すればまた別の角度から問題を解くことが出来た。我ながらいい模索の方向だったは思う、きっかけは三國の言葉だが…………
「それでいい。お前は飲み込みは早いな」
とんと、肩を抱かれ三國は笑っている。やたら強調する言葉に、それ以外はダメなのかと睨み付けた。
「なんだよ、それ。あっ、ありがとう」
「気になっただけさ……」
不愉快ではあるが、教えて貰った礼を述べれば一瞬、肩を抱き寄せてからその腕を三國は離した。
なにが楽しいのか、隣に座ったまま三國は黙って公麿の勉強を見つめている。たまに、コーヒーに口をつけているから、頬杖ついて見つめている横顔は嬉しそうだ。極力それを視界に入れずに、公麿は残りの問題を片付けた。
「よっし」
清潔で明るくて、広くて静かだ。そして光熱費がかからない。
冷暖房完備、 雑誌や、漫画も完備、テレビまである。そして、光熱費がかからない。
勉強したり、涼んだりするには最適の場所だった。
今日も洗濯物を投げ込むとノートを拡げた。
「あれ? 余賀くん?」
聞き覚えのある声がした。大きなガラス張りのランドリーの壁から見知った顔がこちらに手を振っている。
「せ、宣野座さん……」
ラフな出で立ちでありながらも、爽やかな印象を与える青年が不釣り合いな室内へと入ってきた。
「勉強かい?」
拡げていたノートを覗き込むと宣野座はそう微笑んだ。
「はい、ここだと静かなので……」
「そうだね、明るいし机も広いしね」
そう辺りを見回しながら宣野座は自販機の前で立ち止まった。コインランドリーの良い所は自販機も置いてあることだ。洗剤の販売に始まり、飲み物やアイスも売っている。
「はい、どっち食べる?」
ボランティア王子と称されている笑顔で、宣野座は二つアイスを差し出された。
「えっ、いいですよ……」
「一人で食べるのってさ気が引けるだろ? 付き合いなよ」
そう微笑まれれば断ることも出来ずに、公麿はソーダ味のアイスを頂きますと受け取った。
「それにさ、二人で食べれば……」
袋から出したアイスに何気なく宣野座は近付き、ぺろりとひと舐めした。
「どっちも味見出来るだろ?」
「…………。」
「ちょっと、行儀悪かったかな」
小首を傾げて片目を瞑る男からは、悪意なんて感じられず笑って応じるしかなかった。
「大変だね……」
アイスを食べ終わった宣野座は、じっと公麿の手元のノートを見つめている。
「あっ、そこなんだけど……」
トントンと白く細長い指先がノートの一部を叩いている。そう思ったかと思えば『貸してみて』と呟くと、さらさらと文字を書き連ねた。公麿の文字と比べると、繊細で美しい文字だった。
「こうじゃないかなって思うんだけど……」
「あっ、そうですね……。ありがとう……」
「どういたしまして、専門じゃないから自信はないんだけどね」
そう両肘を付いて顎を乗せてまた微笑んでいる。きっと、真朱や女の子なら嬉しいんだろうなと思う、そしてどうしてこの人はこんなにも笑っていられるだろうかと眩しくも感じる。
「じゃあ、僕はそろそろいくよ。頑張ってね」
「はい、ありがとうございます」
「少しは君の役に立てたかな?」
そう笑って宣野座は出て行った。大きなガラスの扉が、通りを行き交う車を映し出している。車のライトが反射したのか、キラキラとその背中は輝いていた。
一人になるとただでさえ広い室内がより広く感じ、そして静かだと思う。それが良くてここを勉強場所に選んだのに今はそれを淋しいとすら感じている。
こんなに明るくて、そしてガラス窓一枚隔てた道路では人が行き来しているのに、抑えきれない寂寥感に襲われている。
紛らわす為にノートに目を写すと、再びドアが開く音がした。
「こんなところで勉強か~?」
聞き覚えのある女性の声に、顔を上げれば彼女の開かれた胸元が視界に飛び込んできた。豊かな胸元の谷間とそれを彩る下着が視界に入り、どう視線を逸らせばいいのか判らずに公麿は戸惑うばかりだ。なによりも、その柔らかい質感が蘇り自然と頬が熱を帯びていく、彼女は動揺する公麿の姿をサングラスに隠されてはいるが楽しんでいるように見えた。
彼女、ジェニファー・サトウは、対面の椅子に座ると、まるで公麿を揶揄するように前屈みに更に身体を近付けた。
「はい、やりなおし」
今まで書き込んでいたノートをサトウは、一気に消しゴムで消した。
「えっ、ちょっと……」
一体、どこが間違えているのかも判らず、広範囲に消された残骸と、テキストを見遣りながらもう一度考え直した。暫く、唸りながら虫食いのように残る文字を消していくと、はっと公麿は顔を上げた。
そこには大きな胸と、その上にはチュッパチャプスを口に咥えたサトウの顔があった。
「判ったよ。ここが間違ってたのか」
そう呟くと、再び公麿はノートを埋め始めた。それを上から覗き込みながら、『うーん』と飴を口に咥えたままサトウは唸っている。
「こういうことだろ?」
公麿が顔を上げる前にサトウの掌がのび、頭をぐりぐりと撫でられた。
「なにすんだよっ」
「はい、正解。これ景品ね」
胸のポケットから出されたモノは、彼女が舐めているものと同じ棒付きキャンディーだった。
「じゃあ、頑張れよ、学生」
そう片手を上げてサトウは去って行った。彼女がここに何をしに来たのか判らないが、公麿の姿を見かけて入ってきたことは判る。それは宣野座も同じだが、なにかそれが嬉しい。置き土産、いや、景品の飴を口に咥えながら公麿は残りの問題に取りかかった。
口の中に飴は無くなり、その甘さも舌先から消失したころ、コトンと目の前に缶コーヒーが置かれた。
「えっ?」
「精が出るな……、勉強か?」
その低く艶のある声に顔を上げれば、顎髭を蓄えた男の姿は無く、辺りを見回そうとした瞬間、肩に手を置かれた。見上げれば、三國は背後に立っていた。
「三國さん……」
「この前のお礼だよ」
「いいよ、そんなの……」
それが、彼と初めて出会った時のことだと思ったが、公麿としてはあれは礼であったのだから、それのお返しとしてはおかしな話だが、好意なのでありがたく受け取ることにした。
初めて会ったときと同じラフな服装は、金融街での彼の姿からすると違和感を感じるが、逆にその差が面白くもある。印象が大夫違うなと想いながら、公麿は缶コーヒーを口にした。
隣に腰掛けた三國にもまた缶コーヒーを口にしている。あの日と同じ物だが、あの時はホットで、今は冷えている。
「ここなんだが……」
「なに?」
缶を片手に指先がノートの一点を突いている。
「いや、この考え方もいいと思うんだが、こう考えてみないか?」
そう三國は呟くと、公麿が書き込んだ下にさらさらと文字を書き込み更に説明を咥えていく、その言葉一つ一つを聞きながら公麿は力強いが、細い字体を眺めていた。
「あっ、こっちのが判りやすい」
まるで、晴れ渡ったようだった。些細なことなのにすっきりした気がする。そういう考え方もあるのだと納得できた。
「そうだろう? じゃあ、この問題はどうする?」
「えっと……、あっ、こう?」
思考の方向性を変えればいいのだと、応用すればまた別の角度から問題を解くことが出来た。我ながらいい模索の方向だったは思う、きっかけは三國の言葉だが…………
「それでいい。お前は飲み込みは早いな」
とんと、肩を抱かれ三國は笑っている。やたら強調する言葉に、それ以外はダメなのかと睨み付けた。
「なんだよ、それ。あっ、ありがとう」
「気になっただけさ……」
不愉快ではあるが、教えて貰った礼を述べれば一瞬、肩を抱き寄せてからその腕を三國は離した。
なにが楽しいのか、隣に座ったまま三國は黙って公麿の勉強を見つめている。たまに、コーヒーに口をつけているから、頬杖ついて見つめている横顔は嬉しそうだ。極力それを視界に入れずに、公麿は残りの問題を片付けた。
「よっし」
作品名:COIN LAUNDRY 作家名:かなや@金谷