Truffle
そうしてレストランを調べディナーの予約を入れると、スーツを整えたハリーは用意万端にして、ドラコをディナーに誘った。
落ち着いた音楽が流れる中、フカフカの絨毯を踏みしめて、ふたりは窓際の景色が美しい席へと案内された。
椅子に深く腰掛けながら、ドラコは店内を見回す。
「君がネクタイを締めてきてと言ったのは、このせいだったのか」
豪華なシャンデリアに、一筋の曇りのないグラスが光を弾く。
シルバー製のカトラリーはピカピカに磨かれていた。
「いつもの店とちがって、ここは高級なレストランなんだろ?大丈夫か、ハリー?何ならここの代金は僕が払ってもいいぞ。いつもマグルのこちら側に来たときは、君に奢ってもらってばかりだから……」
ひそひそ声で尋ねてくる。
「そんなことは気にしないでよ。ちゃんと僕だって、こちらの世界で働いているんだから、大丈夫だよ」
「でも……」
「今日はさ―――、君とこうしてホグワーツのあと再会してから4ヶ月目の記念日だから、いいんだよ。心配しないで。僕がお祝いしたいだけなんだから」
ハリーのその言葉にドラコはクッと笑った。
「4ヶ月のお祝いって、いったいなんだよ、それは!中途半端なお祝いだなぁ」
ご機嫌に目を細める。
「いいじゃない。こう見えても実は僕は記念日が大好きなんだ。君が初めて白いコートを着てきた記念日とか、君が驚いた顔を見せた記念日とか、ほかにもいっぱい記念日を作ってお祝いしたいくらいだよ、僕としては」
おどけた調子でウィンクすると、ドラコは益々上機嫌になって笑う。
「おかしな記念日ばかりを作るなよ」
クスクスと声を上げながら、グラスのワインに口を付ける。
ハリーはそんな相手をうっとりと見詰めた。
一見するとドラコは無表情で冷たくて、ひどく気難しそうに見える。
だが、そんな外見とは裏腹に、気を許した相手には、とても朗らかで親しみやすい笑顔を見せた。
ちょっとした冗談にもご機嫌に笑い転げている。
自分といるときに見せてくれるリラックスした素顔がとても好きだった。
そんな彼の笑顔を見るためならば、ハリーは何だって差し出してもいいと思うほど、ドラコに夢中だった。
──しかしそれを口にしたことはない。
最初は仕事の用件で少しばかり会話をしていただけの間柄だった。
それがいつしか仕事ばかりの用件でもなくても、ドラコはハリーの元を訪れるようなっていた。
話し込みすぎて昼食を挟んで会話することが多くなり、やがて、今のようにディナーを共にすることが重なっていく。
食事の間もドラコは上機嫌で、ハリーとの会話をいつも楽しんでいるようだった。
しかし、食事のあと自宅へと誘いたいと思っていても、その一言が言い出せないでいる。
ランチと違い、ディナーを食べるというのは、デートをしている意味を持っているとハリーは思っているのだけれど……
ワインを飲みつつコース料理が運ばれてくる間も、ふたりは笑いあって会話を続けていた。
前菜の鱸のカルパッチョは、何種類もの野菜を丁寧に煮込み丹念に仕上げられて、色取りがとても美しくて美味しそうだ。
ミネストローネバターとパルメザンチーズのソースに黒胡椒の香りを添えたスパゲティブッロエパルミジャーノも絶品でそのあと、待ちに待ったリゾットが皿に乗って運ばれてきた。
ハリーはドラコに意味ありげに目配せをする。
「――ほら、ドラコ。リゾットだ」
「ああ、美味しそうだな」
ドラコは目を細めるけれど、それ以上のリアクションがない。
ハリーはこの一皿のためだけにこのレストランを選んだのだ。
ゆったりと優雅な仕草でスプーンでリゾットを口に運ぶ相手に焦れて、ハリーはたまらず自分から言ってしまった。
「ねえ、その黒っぽいのは……」
「――トリュフだろ?いい香りだな」
「えっ、たったそれだけなの!?君がトリュフが食べたいと言ったから、僕はいろいろ調べて、セッティングして、一番美味しいこの店を選んだのに」
相手の反応の薄さにハリーはがっくりと肩を落とす。
ドラコは驚いた顔で目の前の皿とハリーの姿を交互に何度も見比べて、やがてクスッと笑い声を上げた。
「ハリー、君は前に僕が言った言葉を覚えていたのか?」
無言でコクリと頷くと、ドラコは一層上機嫌に笑い声を上げ始める。
あまりにも笑って、ドラコは涙を浮かべるほどに笑いに笑った。
突然の相手のそんな行動の意味が分からず、ハリーは首を傾げた。
「僕はあのとき確かにトリュフを食べたいと思っていたけど、僕が食べたいと言ったのは、トリュフはトリュフでも、チョレートのトリュフのほうだ」
「―――えっ?ええっ!!トリュフっていうのは、チョコだったの?―――知らなかった、きのこだけじゃなかったんだ。……じゃあ、まるっきり間違えたのか、自分は……」
ハリーはがっくりと肩を落とした。
いくらグルメから程遠い自分だとしても、これは落ち込むというものだ。
「精一杯君をこのディナーでもてなして、気分を盛り上げて、あわよくばと思っていたのに……」
などとショックのあまり、つい下心までポロリとこぼす始末だ。
そんな相手をドラコはじっと見詰める。
ロウソクの柔らかな明かりに照らされてドラコの髪は絹のように輝き、シルバーの瞳は光を反射して、彼はとても美しかった。
ドラコは自分が別に笑い上戸でもないことを知っている。
ハリーの前だからこそ、自然と笑みがこぼれるのだ。
度重なるディナーの誘いの意味も十分に理解していた。
ドラコはやさしく相手の名前を呼びかける。
「ハリー……」
柔らかな声に顔を上げると、ドラコは目を細めた。
「このトリュフのリゾットも美味しくいただくよ。僕はこれもとても大好きだからな」
「―――本当に?」
重ねて尋ねるハリーに、ニッコリと笑ってドラコは頷く。
そうして、落胆しているハリーの手を取った。
「トリュフのディナーのあと、やっぱりデザートも、トリュフが食べたいな。――よかったら、君の部屋で……」
目を見開き驚いている相手の顔を覗きこんで、ドラコはチョコレートのような声で甘く、そう囁いたのだった。
■END■
*ハリーの勘違いは結局、上手くいったようです。