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マトリョーシカ

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どうか、どうか。
誰も気が付かないでくれ。
身に纏ったこの分厚い鎧に。
どうか、どうか。
この空っぽな私の存在を。
気が付いたなら壊してくれ。
どうか、どうか。




蒸す夜だ、と公孫勝は思った。
夕方に降った雨のせいか、辺りには熱を持った水煙が立ち込めている。踏み砕く木の枝も、水を吸って崩れるように潰れていく。
公孫勝はいま、致死軍の調練で梁山泊の奥の山に登っていた。
内容としては、新米の隊員たち全員で、お互い武器を持たずに公孫勝を捕まえさせるというものだった。先ほど四度目の奇襲があり、新米の隊員全員をのした所だ。もののついでに、劉唐と楊雄、孔亮ものされている。
流石に隊長格であるこの三人は手強く、孔亮から手痛い一撃を貰ってしまった。劉唐が手足を抑えに掛かったのを、劉唐ごと蹴飛ばされたのだ。その時に劉唐の頭が口元にぶつかってしまい、今は唇が切れて頬が腫れている。
全員喉笛や顎に本気の蹴りを入れたから、半日は誰も起きては来ないだろう。とりあえず今は切れた唇を流して化膿しないようにしなければならなかった。
公孫勝は身を潜ませていた木の枝から飛び降りて、川の縁に腰を下ろした。じくじくと痛む唇に、冷たい水を当てる。思ったより酷く切ってしまったらしく、血の勢いは強い。
三度ほど口周りを清流で流した所で、至近距離に自分以外の人間が迫っていることに気が付いた。気配を消し、近くの茂みに飛び込む。
油断していた。
驚きのあまり荒れ狂う心臓を抑え、木の幹にぴったりと身を寄せる。
相手も一瞬で気配を消したことに気が付いたらしく、気を張り詰めながら川縁に歩み寄ってくる。
相手が誰か分からない以上、容易に姿を見せるわけにはいかない。背後から奇襲して、気絶させる。それから捕らえるなり殺すなり放っておくなりすればいい。
しかし、相手もかなりの手練れのようだった。一歩一歩に、隙がない。
気合を入れ直す。その時、傷付いた下唇を噛んでしまった。いつもの癖が、今回ばかりは悪く出てしまった。下唇の傷に怯んだ瞬間、気配を察知されてしまったようだった。相手の歩調が真っ直ぐこちらに向かって進んでくる。隠れている木陰から飛び出そうとすると、その足元に槍が突き立った。
槍の横をすり抜けて別の木の陰に隠れようとした。その進路に腕が伸びてきた。その手を払いのける。腰に手を伸ばすと、剣がない。
思えば、調練のため武器を全て置いてきてしまっていた。
かなり、まずい状況だった。
爪先で地面を蹴り上げた。湿った土が飛ぶ。暗くて見えないが、一瞬相手が怯んだのが分かった。蹴り上げた脚を戻して、鳩尾に踵を叩き込んだ。
しかし、動きが止まったのは公孫勝の方だった。踵が、全く躰に沈まない。硬く鍛えあげられた腹筋に阻まれたのだ。
動揺した隙に、足首を掴まれた。自分の視界があり得ない動きをした後、背中に受けた途轍もない衝撃で視界は消し飛んだ。
鞭打ちにならないよう腕で首を押さえ込んでいたために、最悪の事態は免れた。しかしまともに背骨を木の幹に叩きつけられたために、公孫勝は身動きが取れなかった。ぬかるんだ地面に半身をうずめたまま、飛びそうになる意識に必死に縋り付く。
「しまった」
頭の上に、呻き声のような声が降ってきた。一方、呻くこともままならない公孫勝は、手足をわななかせてうつ伏せになることしか出来ない。
這いずりながら、逃れようとすると、肩を抑えられた。
「おい、待て。逃げるな」
肩を掴まれて、引き起こされた。
「落ち着け、公孫勝。俺だ」
ぐらぐらする視界に捉えたのは、月を背負う真っ黒な影だった。その後視界がはっきりしてくると、その顔が見知った顔であると気が付いた。
「林冲」
「死んでないな」
「死ぬかと」
「鍛え方が足りないんじゃないか」
「お前とは戦い方が違う。同じにするな」
吐き気を抑えて、出来る限りの悪態を吐く。
「俺を見て逃げ出すから、てっきりこそ泥かと思った」
「ふん」
身を起こそうとしたが、背中を痛めてしまったらしくひどい激痛で起き上がることができなかった。溜息を吐くと、林冲が頬に触れてきた。
「痛むか」
その声音が今までに聞いたことがないほど真摯なものだったことに、公孫勝は酷く驚いた。
「大したことじゃない。放っておけば治る」
「強がるな。手当が遅れたら、戦えなくなる。見せてみろ」
林冲は公孫勝の胸襟を掴み開けた。
「何を」
「背中を見せろ」
「医者でもないくせに」
「元医者見習いだ」
背中の激痛でまともに抵抗も出来ない公孫勝の躰は、あっという間に抑え込まれた。
林冲の胡座をかいた膝にしがみ付き、うつ伏せのまま林冲に背中を晒している。逃げようとするが、林冲の右脚が公孫勝の腰に絡み付いて押さえ込んでいて逃げられない。
「痣になってるな」
林冲が公孫勝の左肩に肘をついた格好で、背中を診察している。右肩に触れる林冲の手のひらの、固く歪なまめの一つ一つを感じる。大きく、男らしい色に焼けた手の骨が、力を入れる度に肌の下で動く。公孫勝は林冲の太ももに頬を載せたまま、その林冲の左手を見つめていた。
なんとなく、居心地が悪かった。普段あれだけ罵り合いをしているのに、どうして今日だけこんなことをするのか。全く、理解できない。
公孫勝の背中に、新たに触れるものがあった。腰の微かなくびれをなぞり、脇腹を撫で上げ、肩甲骨の上を這い回る。そのまま背筋沿いにゆっくりと降りてくる。
林冲の右手が、公孫勝の傷の具合を触れて確かめている。
林冲の肌が触れる度、全身に鳥肌が立つ。骨の髄まで粟立つような、嫌な感じだ。本能的に、自分はこの男を嫌悪しているらしい。
ぞくぞくとした痺れに抗って、林冲の太ももに爪を立てた。吐息が漏れ出す。
「ここ、痛むか?」
林冲が背骨の一箇所を押す。どうやら、公孫勝の反応を痛みによるものと思ったらしい。
「いや、痛まない」
「じゃあ、ここは?」
林冲の手が、背筋を撫でる。少し、筋が引き攣ったような痛みが走った。
「少し、痛む」
「そうか。ならこっちは」
左肩の一点をぐっと押された。
まるで、筋が裂けたような痛みが走る。
「痛む、な」
「分かった。恐らく叩きつけられる時に酷く躰が緊張したために、筋肉が硬直している。あとは腱鞘炎を起こしているかもしれないから、あまり動かないようにしろ」
「ふん、馬鹿のくせに一端の医者気取りか」
「元医者見習いだ」
林冲は押さえ込んでいた公孫勝の腰から脚をどけ、公孫勝をそっと寝かした。
槍を木の枝に向かって二、三度振る。枝分かれした枝と真っ直ぐな枝が落ちてきた。
それを拾い上げ、林冲は公孫勝を抱き起こした。
「暴れるなよ」
林冲は公孫勝と胸板を押し合わせた。今まで暗くて気が付いていなかったが、いま林冲は具足を付けていない。
黒揃えの、林冲の具足。あの、独特な音。あれが無かったから、近付いて来た時に林冲だと気が付かなかったのか。
布越しに、林冲の熱が伝わってくる。気持ちが悪い。公孫勝は固く目を閉ざした。
その間も、林冲はてきぱきと傷の処置を行っていた。
二又の枝を、二つの梢の先が両肩に来るようにあて、その間に真っ直ぐな枝を背筋に沿ってあてる。
「借りるぞ」