「王子様と彼女の話」(サンプル&通販告知)
発熱する私たち
召喚され、魔法陣を通りすぎて人間界へと出て、ベルゼブブ優一は、おや、と思った。
いつもとは違う点がふたつ。
ひとつめは、場所が芥辺探偵事務所ではないこと。
グリモアの並ぶ本棚の置かれている、ちょっと陰気な部屋ではない。来客の対応もする事務所の要となる部屋でもない。だいたい、あの事務所にこんな部屋はないはずだ。
初めて来た部屋である。
部屋にはテーブルやベッドなどが置かれていて、インテリアは派手ではなくおとなしいが、小綺麗で、どこか優しい雰囲気が漂っている。
ふたつめは、自分の姿が結界の力のかかったペンギンのような姿ではないこと。
頭に複眼があり、背中には薄い羽根がある、そして手が少々いかつい。それ以外は人間とほぼ同じ。
金髪、碧眼、白い肌、顔の彫りは深くて整っている。体格も良い。正体を知らない人間たちが見て、王子だ、と噂するような容貌である。
そのうえ、華やかな白いシャツに、蝶ネクタイ、ベスト、うしろの裾が長い黒のジャケットに、同じく光沢のある黒色のスラックスを身にまとっている。
魔界にいるときと同じの、本来の姿だ。
どういうことだろうと思いながら、ベルゼブブは自分を喚びだした者のいるほうに眼をやった。
魔法陣の外、正面の位置に、佐隈りん子が開いたグリモアを左手に持って立っている。
佐隈はカットソーに薄手のカーディガンを羽織り、ジーンズをはいている。肩を少し越えるぐらいの長さの黒髪は、飾り気がなく、おろされている。
めずらしくはない、見慣れた格好だ。
けれども、なにかが違うようにベルゼブブは感じる。
その違和感の正体にすぐ気づいた。
佐隈の印象を堅いものにしているメガネ、そのレンズの向こうの眼が、ぼんやりとしている。
「さくまさん」
「ああ、ベルゼブブさん」
作品名:「王子様と彼女の話」(サンプル&通販告知) 作家名:hujio