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小雲エイチ
小雲エイチ
novelistID. 15039
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夏を飲む

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そういえば、正臣に連れられていった深いプールで足をつって溺れかけたことがあったっけ――きらきら輝くような思い出と共に思い出したくないようなことまで芋づる式に思い出してしまい、苦笑いをこぼす。
苦笑いに気がついた臨也さんが、訝しげに首を傾げた。
「帝人君? いらないなら、どっちも俺が飲むよ」
「あ……飲み、ます」
畳に貼りついてしまったのかと思うくらいに重たい体を起こし、視界のあるべき位置に治まった臨也さんから瓶を受け取った。
受け取る瞬間、細長い瓶同士がぶつかりかちゃりと音を立てた。
左右に軽く振ると、それに合わせて中身がたぷんと揺れる。

渇いた体が水分を欲しているのか、無意識に喉が鳴った。
ビニール部分を外している途中で「ねぇ」と声をかけられた。
あと少しで手に入る水分から名残惜しそうに視線をそらし臨也さんに向ける。
目の前の人物のきりっとした眉の根元が中央に寄せられていた。
なにかまずいことでもあったのだろうかと思い不安になったが、その不安は「これさ、どうやって飲むの? なんか蓋みたいなのされてるんだけど」という臨也さんの台詞によって十秒とかからず消え去った。
「臨也さん、ラムネ飲んだことないんですか?」
「ソーダなら子供の頃飲んだことあるけど、瓶ラムネはないなぁ」
昔を思い返しているのか、臨也さんが少し目を細めた。
僕は臨也さんの子供時代を知らないけれど、小さい臨也さんが友達とラムネを開けている姿というのを想像することができない。というか、今現在の彼が余りにも悪辣で、純粋な子供時代というものがあったのかすら、謎だ。

「帝人君さぁ……失礼な事考えてないで、さっさと開け方教えてくれないかな」
臨也さんは、さっきまでの眩しいものを見るような表情ではなく、猫のような目をして薄い唇がきゅっと引き伸ばした笑みを浮かべていた。
僕が考えていることが顔に出やすい性格なのか、それとも臨也さんが人の思考を読み取っているのか、はなまたどっちもなのかは謎だが、僕の思考が臨也さんにだだ漏れになっているのは確かなようだ。
「……スミマセン」
その笑みの後ろになんだかとてつもなく恐ろしいものが見えた気がして、素直に謝る。
恐怖を誤魔化すため、臨也さんに瓶の開け方を説明することにした。
「えっと、まずこのビニール部分をはがしてプラスチックの器具を取りだ……して」
ぱっと顔をあげると、こちらをじっと見つめる臨也さんと目があって、思わず変なところで言葉を区切ってしまった。
たかが瓶の開け方でこんなに真剣に見つめられると、少し緊張してしまう。
なるべく気にしないように視線を泳がした後再び瓶に向ける。
くつくつと喉で笑うような声が聞こえてきて、耳の後ろが少し熱くなった。
――気にしちゃ駄目だ。気にしちゃ駄目だ。
呪文のように自分にそう言い聞かせ、説明を再開する。

「このプラスチックの器具で中のガラス玉を押して開けるんです、よっ」
そう言ってプラスチックの器具にグッと体重をかけると、炭酸ガスが勢いよく噴き出す音がした。
やがてその音が気が抜けたようなものに変わったことを確認してからプラスチックの器具を瓶から抜き取る。
しゅわしゅわ、炭酸が弾ける匂いが鼻を通り抜ける。

なにかの儀式を観察するかのように僕の一連の動作をじっと見つめていた臨也さんが、おもむろにプラスチックの器具を手に取った。
ラムネをうまく開けるのは意外と難しい。僕も昔は、なんども失敗して瓶からラムネを溢れさせたものだ。
プラスチックの先を瓶に押し当てる臨也さんを一瞥してから「瓶で飲むの初めてなら、その上着脱いだ方がいいと思いますよ」とだけ忠告をして、爽やかな匂いを放つ瓶を呷った。
ぼこりと大きな気泡が浮かび、ガラス玉を押し上げるのが視界の端に見えた。
冷たい炭酸が弾けながら、喉につっかえた思い出のしこりと渇きを押し流していく。

水分を得たからか背中にじっとりと汗をかき始めた。
カコカコと安っぽい風鈴の音がし、それに続くように炭酸が爆発する音がした。
作品名:夏を飲む 作家名:小雲エイチ