永遠に失われしもの 第17章
「お湯を代えます」
たらいを運ぼうとするセバスチャンが、
胸を一瞬押さえ苦悶の表情を浮かべたのを
シエルは、見逃さなかった。
「胸、どうしたんだ?」
「ご心配なさってくれてるのですか?」
軽く驚いた表情でセバスチャンが尋ねると
不機嫌な表情で口角を下げ、漆黒の執事の視線を避けるように他所を向きつつ、
シエルが答える。
「別に・・単なる興味だ」
「死神に協力したら、この体たらくです。
申し訳ありません」
「馬鹿め。変なことをするからだ」
「その通りですね--」
セバスチャンはシエルに力なく微笑し、
たらいの湯を替えに行った。
シエルは頭を左右に動かして、
首筋の筋肉を伸ばしたり、
腕を上げ、逆側の腕で肘を押して、
背中の筋肉を伸ばしたりしている。
「長くお休みの姿勢をとられたので、
身体が凝ってしまわれましたか?
出来るだけ動かしては、
差し上げたのですが--」
そう言いつつ、たらいに湯気の立つ湯を張りなおして、セバスチャンが戻ってくる。
シエルの背中やうなじに温かいタオルをあてながら、肩や手足を揉み始めた。
シエルは振り返り、
セバスチャンの漆黒の濃く長い睫毛に、
かくされた伏目がちな瞳の表情を、
読み取ろうとする。
が相変わらずのポーカーフェイスぶりに、
軽く首を振って尋ねた。
「酷いのか?その傷」
「見かけほどは--」
セバスチャンの言葉を遮るように、
グレルの叫び声が広間から響き渡る。
「何だ?あの声は・・あれは」
「申し訳ありません、ぼっちゃん。
死神が監視と申して、
四六時中この邸に今、いるのです。
復讐をお望みなら、ご命令を」
「今のお前の身体でか?」
シエルは紅く染まった、
セバスチャンの白シャツを見つめながら、
尋ねる。
「多少分が悪いのは否めませんが、
それでもぼっちゃんのご命令とあらば、
狩り返してみせますよ。
命を賭してでも」
軽く息を吐いて、前を向き直し、
シエルはセバスチャンに答えた。
「いやいい、
そんなことに僕の駒を使いたくはない」
再度、グレルの叫び声が聞こえる。
今度はさらに長く続き、絶叫に近い。
それでも平然と着替えを用意する、
セバスチャンに尊大な王のような口調で、
シエルが命じる。
「見て来い」
「いえ、あちらがどんな事態に、
なっていたとしても、
私はぼっちゃんのお傍を、
今離れるわけには参りません。
お着替えをお済ませになって、
一緒に参りましょう」
作品名:永遠に失われしもの 第17章 作家名:くろ