永遠に失われしもの 第17章
セバスチャンはたらいに貯めた湯から、
タオルを引き上げ、堅く絞って、
シエルの下腹部を丁寧に拭く。
「で?」
シエルは青碧眼にもどり、
冷ややかな眼差しでセバスチャンに問う。
「それでもお早くお目覚めになって、
良かったじゃありませんか。
もう少し遅かったら、
私に犯されてましたよ」
そうならなくて良かったと、
セバスチャンは安堵している。
--私が貴方に一番見せたくない、
私の獣性をお見せしなくて済んだ--
際どい事をいとも容易く言ってのける
セバスチャンに、シエルは枕を投げつけた
「執事の分際で、僕を犯すだとっ?」
「ええ、緊急事態でしたので。
ぼっちゃんが水におぼれたら、人工呼吸を
私がするのは当たり前でしょう?」
「それとこれとはっ・・!」
自分が起きたときの状況を思い出して、
体中の血管が沸騰するように、
顔を真っ赤にしてシエルは怒っている。
が、事実自分の婚約者のことを考えながら
そうなった結果に、この目の前の執事姿の
男を思いっきり罵倒もできないでいた。
セバスチャンが何もしなかったとしても、
自分はあの淫らな夢で、
反応してしまったかもしれないと考えると
むしろ、セバスチャンが何かしててくれた
方が、そのせいにできて気が楽だった。
・・コイツが手も触れずに、
僕が痴態をさらしたんだったら、
それだけで首吊りものだ・・
「違いませんよ、たいして。
ぼっちゃんもご覧になったのでしょう?
夢喰らいの見せる悪夢を--
貴方が阻止しない限り、
物事はそちらへと、向かっていきます」
セバスチャンに、シエルの夢が分かるわけではなかったが、
あの小間使いのシネマティックレコードと
起き際のシエルが、婚約者の名前を叫んだことで、大体想像はついていた。
--小間使いの次は、元婚約者ときますか
元婚約者の召還なら、魂が安定していても
シエルは召還に応じるのだろうか、
とセバスチャンは考えていた。
「それにしたって、
他の起こし方があるだろう?」
またセバスチャンは声を立てて笑っている
「普通の人間のときの、ぼっちゃんを起こすのとはわけがちがうのですよ?
死神に薬漬けにされて、
魂が崩壊しかけてたんですから--
他に方法があったのなら、
私の方が教えて頂きたかった
くらいなものです」
「では何故これで目が覚めると?」
「それは--
貴方は過去同じような経験で屈辱を味わい
そのお陰で悪魔である私さえ呼び出した。
その強い怒りの思念なら--と、
それに賭けただけです」
--他にも、もう一つ方法はありましたが、
そちらはもっとお嫌だったでしょう?
目の前で、
エリザベス様が生贄として捧げられ、
酷く犯され殺されるまで
目覚めさせず放っておかれるよりは--
「だから、別にぼっちゃんがそういう行為で
興奮して目覚めるとか、そういう類の事は
考えてませんでしたよ」
くすくす笑い続ける執事に腹を立てながら
シエルが怒鳴る。
「ふざけるなっ!」
作品名:永遠に失われしもの 第17章 作家名:くろ