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幸福論

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Happiness Theory.


 空気というものは、なくてはならない以前に、ない生活など成り立たない。第一にまず何にかえても必要なものだ。空気がなくては生きていけるはずがない。宇宙に人類が飛び立ってもう何年もたつのに、未だにスーツなどを着たり酸素を供給する何やらを身に着けなくてはいけないのがいい証拠である。
 大きな宇宙戦闘艦やガンダムというモビルスーツを作ったり、遺伝子を操作してコーディネーターを生み出せるようになっても、人間は空気なくしては生きていけない。空気が必要ない人間なぞが存在したら、それは人間ではない。人造人間か、とにかく、人以外の何かだ。血の通う人間と呼ばれる生物は、その血液に酸素や二酸化炭素などを乗せて運び、人間として暮らしている。生きていけなくなった人間など、人間ではない。ただの屍だ。
 人間は空気があるからこそ人間として居ることができる。それがなければ、ただの酸素と炭素と水素とナトリウムとカルシウムとリンと塩素と亜鉛となんだかいくつかの原子からできている物体でしかない。屍は、自然界の分解者に分解されるのを待つだけの有機物。ヒトは、空気がないと生きていけない。人間として居れない。ヒトであるはずのそれは、存在できない、ひどくちっぽけなモノでしかない。
 そう、俺らは、ただの―「モノ」なんだ。
 それでも。

「…キラ」
「なに?」

 ギ、と椅子をまわして、キラは大きなコンピュータの画面からアスランのほうを向く。ディスプレイからアスランのほうを向く。ディスプレイから放たれる光が、キラの頬と髪をうすくサイバー・グリーンに染めていて、ふと、綺麗だな、と思った。
「そろそろ、一旦休んだほうがいいんじゃない?」
 そう言うと、キラは、「まだ。もう少しだけ」と、いつものように少し笑った。そう笑う姿も、酸素と炭素と水素とナトリウムとカルシウムとリンと塩素と亜鉛となんだかいくつかの原子からできているんだと思うと、なぜか少し悲しくなる。その微笑みも、自分が仕方ないと苦笑する笑みも、実質的にはいくつかの原子で成り立った口元や目元の筋肉を動かすという動作から成り立っていて、内容には違いがあるのに、本質的には変わらないんだなあ、と思った。
 そしてアスランは、コーヒーを入れるよ、と席を立つ。キラは、まだアスランをみたままで、「ありがとう」とやわらかく笑んだ。もう何度も見た笑みなのに、どき、とした。
(ああ、このほほえみは)

 きっと、自分を構成するのとは違う原子からできた口元や目元を動かすという動作なんだ。思った。


 こぽこぽ。ドリップ・コーヒーのパックをコーヒーカップの口に引っ掛けてお湯を注ぎ、しばし沈黙。
 キラのは少し早く持ち上げる。アスランは濃いブラックが好きだが、キラは生クリームなどを入れた、渋くて甘い、カフェオレ色のコーヒーを好む。前に、それはコーヒーなのか?と問うと、「僕の中では、いちおうコーヒーってことになってるよ」と、キラは言った。―はじめの状態では、アスランのも、僕のも同じコーヒーでしょ?―すこし薄めのキラのコーヒーも、すこし濃い目のアスランのコーヒーも、同じ原子からできている同じコーヒーからできている。もとはおなじ。アスランもキラも、もとは同じ原子からできているものを飲んでいる。
 ただ、キラの口に含まれるそれには、アスランのコーヒーよりたくさんのいろんな原子や分子が含まれている、上乗せされているのだ。たくさんいろんなものを背負っているのだ、彼は、キラは。
 アスランのコーヒーは、抽出されたまま。自分だけ。キラは、コーヒーだけでなく、生クリームやさとうやいろんなものを背負っている。自分だけじゃなく、彼はたくさんの原子を背負っている。生クリームは、とてもおもい。それを、彼は背負っているのである。
 (自分は―自分は何か背負っているか?)後ろを振り返ってみるが、自分―アスラン・ザラにどうしても守って欲しそうな顔をしている人やものは何もない。キラは?自分はキラ・ヤマトを守ろうとしているのか?キラはアスランにどうしても守ってほしがっている、のか?
 ―答えは、ノーだ。彼は自分で自分くらい守れる。むしろ他のものを守りにいく。彼の、酸素と炭素と水素とナトリウムとカルシウムとリンと塩素と亜鉛となんだかいくつかの原子は、自分で自分を守っていけるのだ。
 なんだか、無性に切なくなった。むなしくなった。キラは、俺が…アスラン・ザラが、いなくなっても?
(キラ、)

 お前にとっての俺は何だ?

 考えるだけ無駄だとだんだん理解し、純乙女的思考を変だと思いながら、アスランの脳内で、いくつかの原子や分子やらなんだかたくさんのちかちかするものが、いくつか光ってきえていった。
 キラのコーヒーに流し込んだ砂糖は、ダークブラウンの液体の中で粒が解けて見えなくなって、完全にコーヒーに溶け込んだ。分子がわかれて、とろ、とばらばらにほかの原子やらなんだかとひとつになる。みえなくなるのだ。
 生クリームを少しずつ注ぐ。ダークブラウンに少しずつ白いカオスのスパイラルを現しながら、カフェオレ色になっていく。とけこまれるのだ。ぐるぐると。つけいられていくのだ。同化されていくのだ。
 ―俺は?キラに取り入ろうとしているのか?

 かた、とコーヒーを乗せた白いソーサーを、グレーの丸い金属の盆にのせて、キラの居る部屋に向かう。
 さっきの考えは愚問だ、と自分で頭を振る。それは、ない。”同化”したいとは、全くおもわない。となりにいたいだけだ。隣にいて、二人ぶん酸素と炭素と水素とナトリウムとカルシウムとリンと塩素と亜鉛となんだかいくつかの原子からできた体を並べて、ずっとそうしていたいだけである。
 それが”取り入る”と言うなら、言うがいい。は、と自嘲する。なんだか、こんなことばかり考えてるのは嫌になる。自分で考え始めたのに。そもそも、色恋沙汰に理由やなんだかなど必要ないといったのは誰だったか?
 とりいりたいわけではない。同化ではありきたりだ。同化してしまえば、新鮮味も何もない。新しい発見がない生活は、人間という生き物にとって、興味の対象には成り得ない。
 廊下を歩む足取りは―途中でキッチンに引き返し。

(俺は、モノであることを望まない)
 飽きることがある人間でありたい。空気を吸って生きていける人間で居たい。モノであることはつまらない。単純な、新しくないことを淡々と受け入れ、忠実に命令を実行する生活は嫌なものでしかないことはよく知っている。
 つまらない生活に、キラという存在は似合わない。彼は輝いていればいい。もし自分がそれに引け目を感じるというならば、自分も、背負うものをふやせばいい話で。
(背負うものがないなら、作ればいい)
 ざ、と砂糖をダーク・ブラウンのコーヒーに入れ、スプーンでかしゃかしゃとまぜる。お茶請けに少しだけ、甘いチョコレートを。

 ただの酸素と炭素と水素とナトリウムとカルシウムとリンと塩素と亜鉛となんだかいくつかの原子で、俺はできている。しかし、キラもその酸素と炭素と水素とナトリウムとカルシウムとリンと塩素と亜鉛となんだかいくつかの原子からできていることには、変わりない。
作品名:幸福論 作家名:necco