幸福論
(俺は、キラが空気であることを望む)
空気になってほしい。キラがいないと生きていけない体になってもかまわない。いや―すでにそうなっているのかも、しれない。ならなおさらいいことだ。
(だから)
だから。
「はい。コーヒー」
「ありがとう」
サイバー・グリーンに背を向けて、彼は微笑む。その笑みは、たしかに酸素と炭素と水素とナトリウムとカルシウムとリンと塩素と亜鉛となんだかいくつかの原子から構成される筋肉を動かす行動だ。ただ、それに感情がこもっているかいないかで、行動が現す意味というものは、だいぶ変わるんだとおもった。ふわりとした雰囲気をまとった笑みは、確かに自分だけに向けられたもので。
コーヒー・カップに口をつける。…甘い。思わず眉をひそめると、キラは「どうしたの?薄かった?」と言った。そしてカップに口をつけ、
「あ、アスランも砂糖入れたんだ」
「まあね。…キラの気分になってみたくて」
キラはぱっ、と目を見開き、また笑った。変なアスラン。無理して飲まなくていいのに。僕のも飲んでみる?さ、とためらいなく差し出されたカップに唇を触れさせ、少しだけ口に含む。
「甘ッ!」
「あははっ」
げほ、と口元をぬぐって、アスランはおもう。
(キラの背負ってるものを理解したい)
もとは同じ原子からできているコーヒーは、二つとも違う味が出ていた。一度わかれてしまえば、同化は難しい。二つを混ぜても、砂糖や生クリームだけを抽出しても、同じ味になることはきっとないだろう。
(同化なんかしなくていいんだ)
隣にいられれば、それで幸せ。
(それが俺の、幸福論だ)