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にんげんになりたかったばけもののはなし

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何処までも青い空、暑い日差し。響く蝉と、子供達のはしゃぐ声。
夏を彩るそれらを目で、耳で、体の五感全てで感じて、呼吸をする。

暑いのは嫌いだったけど。
君と過ごす夏は、大好きだった。







「帝人君、今日も外はすごく良い天気だよ。暑すぎてやんなっちゃうね」
「そういえば君はよく夏バテしていたよね。帝人君てばやせ我慢しちゃって、見てるこっちがひやひやしたよ」


真っ白の清潔な部屋で、真っ黒の異質な俺は独り言を吐く。誰も聞いちゃいないから独り言なんだけど、返事があったら嬉しいなって思っていた。

ピッ、ピッ、と響く規則正しい電子音。これまた真っ白なベッドの上で沢山のチューブに繋がれた君は、出会った頃の幼い高校生の君ではなくて。
一人の、何処にでもいる一人の年老いた男。痩せて、皺や骨が目立つ体は痛々しくて、見ているのが辛い。

けれど、君は幾つになったって、俺のかけがえのない存在だった。

「今年も庭の向日葵、立派に咲いているよ。りん君が毎日ちゃんとお水をあげていたからだね」
「朝顔もね、すごく綺麗なんだ。実物を見せてあげられないのが残念なくらい」

瞼を閉じて、思い出す。きらきら、光の中で笑う姿を。
君の子供も孫も、君に何から何までよく似ているから困るよ。勘違いしそうになる。

「りん君、毎日でも君に会いたがってるよ」
「早く、元気になってあげなよ。ねぇ…帝人君」

代名詞で言ってみても、これはまさしく俺の我が儘で願い事。
でも知っているんだ。どんなに願ったって叶わないって。ほとんど奇跡に近いそれを、俺はどれくらい願ったっけ。

「…馬鹿だよなぁ、ほんと」

沢山の時間の中で、沢山の人間を見てきた。愚かで卑劣で自己優先で、面白いくらいに掌の上で踊ってくれる、そんな人間を。
でも一度興味を失ったらそれまでで、記憶も綺麗になくなるのに。

君は、君の事だけは、どんなに月日が流れたって忘れることができなかった。


「こんなの、君で初めてなんだよ?責任取ってよ……」



ひとりに、しないでよ



今まで生きてきた中で、初めて呟いた言葉。細くてしわくちゃな手をぎゅうと握りしめたら、ぴくりとそれが反応した。
驚いて顔を上げたら、ゆっくり、ゆっくりと瞼が開いていく様子が目に映る。
そして、


「……誰かと思えば、やっぱり」

臨也さんでしたか。
掠れて前に比べて聞き取り辛くなった声で帝人君はそう言って、穏やかに笑った。

「帝人、君……っ」
「どうして、そんな泣きそうな顔を、しているんですか」

臨也さんて意外と泣き虫ですよね、なんて俺に向かって言うのは君くらいだよ。
そんな事すらも言えなくて、俺はただ手を握る力を込める。

「…い、ざや、さん」

帝人君の今日の空みたいな目が、情けない俺を映す。帝人君は目を細めて、そして困ったように笑うと俺の手を弱々しい力で握り返してくれた。

「ごめんなさい、臨也さん」
「……どうして君が謝るのさ」
「だって、僕は、貴方をひとりぼっちにさせてしまうから」
「っ、」
「ごめん、なさい」

貴方は、ひとりぼっちだった僕を見つけてくれたのに。ずっと傍にいてくれたのに。
ごめんなさい、ごめんなさい。

謝り続ける帝人君は、昔と何一つ変わってない。悪くないのに、帝人君はちっとも悪くないのに。

「……違うよ」
「え、」
「見つけてくれたのも、傍にいてくれたのも、俺じゃなくて君の方だ」

沢山の時間の中で、沢山の人間の中で。人間の皮を被った化物の俺を、「大切な人」として一緒にいてくれた。
知らなかった温もりを、心地よさを、全て教えてくれた。

助けられたのは、全部ぜんぶ俺の方なのに。

「………か、ないでよ」
「い、ざ」
「おいていかないでよねぇ、お願いだから、一人にしないで独りにしないで俺を、俺、も、」

いっしょに、つれていってよ。

それなのに俺は、また君を困らせる。ごめんね、だけどお願いだから。

「君と一緒に“明日”を過ごしたいよ」

いつの間にか、涙が溢れてた。情けなくてみっともない俺の傍で、帝人君は何時ものように。


ごめんなさい、と泣いていた。






(人間と違うこの体が、初めて憎いと思った)