ヅラ子とベス子のSM(すこし・ミステリー)劇場
《付録3》ヅラ子とベス子の“あの夏、いちめんかばやきの海”
我が家ではもうすぐテレビが映らなくなる。
デジタル移行啓発のためとはいえ、もはや画面全体を浸食せん勢いのかうんとだうんの表示が鬱陶しいあなろぐてれびのにゅーすでやっていた、――この夏は稚魚の不漁でうなぎの価格が高騰している模様です、なるほどまさにうなぎのぼりですな!
「……」
――しーん、あの人のスベリ芸で西日ガンガン、えあこん故障中の部屋の体感温度が二度下がった。ある意味ありがたい。
「――……、」
ゴホンゴホン、咳払いしてあの人が言った、
「よぉっし、こーなったら高騰しているうなぎに代わるうなぎ的な何かを売り出そう!」
――そんでがっぽりかくめい資金稼いで余ったお金ででじたるてれびを買うんだ!
毎度思いつきでものを言うなんてまるでどっかのそーり大臣ですね、とはヨソで既に百万回はネタにされていると思うが何番煎じだろうとこの際気にしないこととする。
……さて、“うなぎ的な何か”が何であるかを探るにはまずうなぎをうなぎたらしめているうなぎ要素について定義を固めねばなるまい。私たちは卓を囲んで徹底討論を開始した。
「――うなぎとはズバリ”長さ”さ!」
まず発言したのはあの人だった。――俺のロンゲだって長くなかったらロンゲとは言わないだろ、ドヤ顔であの人が言った。至極尤もなご意見だとは思いますがここはひとまず保留にしておいて(ということにしておいて)、――うなぎとは青光りのするあの黒さだ、体表のねばねばヌルヌルだ、いやむしろあのごんぶとドジョウっぽさこそがうなぎの醍醐味だ、喧々囂々、半日ばかりを費やしても一向に意見はまとまらない。
そうこうしているうちに互いの腹時計が続けざまにぐぅと鳴った。
「……うなぎでなかったらうなぎ的な何が食いたい?」
あの人が訊ねた。着ぐるみの短い腕を組んで私は考えた。
『アナゴ……?』
「そりゃトーシロの考えだな、」
鼻先に笑ってあの人が一蹴した。――いいかエリー、俺たちが求めているのはもっとうなぎから遠くてそれでいて極めてうなぎ的な何かだ、形而下の概念に捕らわれていては本質を見誤るぞ、……あと最近知ったんだがうなぎと梅干しって別に食い合わせでもなんでもないらしいな、まったく昔の人も案外テキトーだよなァ、料理番組でやってた梅干しとうなぎときゅうりのさっぱり酢の物サラダなんてそりゃもうとんでもなくウマそーだったぞじゅる、後半あからさまなヨダレを垂らしてあの人が言った。遠いとこ、つってんのに自らうなぎそのものにトッ込んでいくあたり、実にあの人らしいと言えなくもない。
(……。)
――うなぎかぁ……、傭兵機関で諜報活動を学んでいた頃、潜伏先のろんどん郊外のB&Bで出された素朴なうなぎ料理を私は思い返していた。そのへんの川で獲れたうなぎを、ざっくざっく、テキトーぶつ切りにして鍋でぐつぐつ、ゼリー状に煮こごったやつをそのまま客前にドーン、みたいな、あれでも名物っていうんだからそりゃえげれす人もふぃっしゅ&ちっぷすばっか好んで食しますわなァ、……おっと話が逸れた、うなぎもろんどんもコッチ置いといて、問題はうなぎ的な何か、である。私は思考を切り替えて集中した。
……夏の盛りに、疲れたカラダに食欲をそそる、スタミナ満点、こってりあつあつかつジューシー……、
『焼き肉!』
「そりゃまた違う意味で遠いぞエリー、」
いい線いったと思ったのに、今度もあっさり却下されてしまった。私は少し気分を害した。――なんでさ、ウマイじゃないですか焼き肉! いっそうなぎのタレにどっぷりくぐらせて、そんで焼き肉食したったらエエねんや、俯いてイジける私の首を無理くり180度回転させ、
「それだ!」
瞳を輝かせてあの人が言った、
「とんだ盲点だったよ、うなぎをうなぎたらしめているもの、それはまさしくあのかばやきのタレだったんだ!」
『ええええ?!』
――そんな安易な、私は混乱した。混乱しながらも、♪よぉっく考えよー、目を閉じて、口の中に記憶の中の味覚を反芻する。脳裏に浮かぶはうなぎなしタレのみのほかほかかばやきごはん、まったりと甘辛きたれを纏って濃い飴色に照り光る白米の粒をまとめてひとすくい、箸に運んであんぐり開けた大口に放り込む。たちまち鼻腔を突き抜けて脳天に達するたまり醤油の香ばしさ、眩暈に耐えて歯列にさくりと噛み締めたその刹那、
『その通り!』
一も二もなく、私は同意のプラカードを捧げていた。
「だろ!」
天啓をキャッチした己のデムパ健在ぶりにあの人も心底満足そうだ。
こうして私たちが最終的に導き出した“うなぎ的な何か”の結論、それは“うなぎかばやきのたれ”であった。
私たちはさらに緻密な作戦を練り、うなぎフェアをやっているすーぱーの駐車場横のスペースに無許可の仮設コーナーを作り、格安で仕入れたうなぎかばやきだれを販売することとした。さっそくパートタイマーの人妻売り子に変装したあの人のやる気は必要以上に漲っている。それにしても、案外買い忘れのうっかり奥様方が多いのか、ワゴンに用意していたうなぎのたれはわりとそこそこ売れました。途中から完全に目的がシフトして趣味と実益を兼ねたヅラ子の人妻女子トーク会☆化していた感は否めないが、それもあの人の選んだ生き方なのだから、そうと知りつつなお私はあの人の人生に付き合っているのだから、今さら無意味な愚痴は言うまい。
ちなみに今回の収益じゃでじたるてれびにはぜんぜん足りませんでした。当面はわんせぐでしのぎます。
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作品名:ヅラ子とベス子のSM(すこし・ミステリー)劇場 作家名:みっふー♪