ヅラ子とベス子のSM(すこし・ミステリー)劇場
「ハラじゃなくてしんぞーが」
――あとちょっとアタマも、
「え?」
「……」
やれやれ、跳ねた天パを押し付けて先生の耳元に息を漏らす。流れる髪にエッグタルトの甘いバニラと、それだけじゃない、俺が覚えているのはも少し渋くてひねた舶来モノの、――イヤ、紅茶と混じってちょうどこういう感じでいいのかな、
「わかんないッス。なんっかもー、ホントは全部夢なんじゃないのかなって」
――先生とこうしてても、ずーっと自分があやふやでふわふわしてる。
「……」
くすりと肩を竦めて先生が笑った。
「夢も現実も表裏一体ですよ」
――なんて言ったら身も蓋もないですけどね、
「だったら俺は夢の方に住んでいたい、とかたまに思うのもアリですよね?」
「還れる場所があるんですね」
――だから君は迷子にならない、急にマジメにセンセが何言ってっかよくわかんねーけど、そやって勝手に安心されても逆にビミョー、っていうか、
「……迷子になったら迎えに来てくれるんですか」
ダダっ子の振りして聞いてみる、先生が笑う、
「さぁどうでしょう?」
――まずは自力で頑張ってもらわないと、小さな子供じゃないんですから、
「やっぱスパルタなんですね」
自虐と抗議の溜め息に、
「これでも君にばっかり甘いって結構苦情が来てたんですよ」
含み笑いに先生が返した、
「……あいつらセンセの外面ばっか見てるから」
イヤ別に自慢でもなんでもないですけど、……そのつもりですけど、もしか自慢に聞こえたらそんときゃゴメンね、って何思い出してんだろ、――俺の知ってる先生はわりとけっこーワガママでメンドくさくて頑固で一途で、
「手間掛けさせましたね」
ぽつりと漏らして先生が言った。
「いーんです、好きで勝手に世話焼いてたんですから」
「本当、どっちが保護者かわかりゃしない、って」
緩んだ腕の隙間に、顔を上げて先生が笑った、
「……君に救われていたのはきっと私の方だったんです」
「どっちでもいーっすよ、」
だってそーだろ、俺の世界はあなたがくれたものだから、だけどあなたを失くしても俺の世界は終わらなかった。あの頃それがとても残酷なことに思えた。
俺はあなたであなたは俺で、あなたのいない世界に俺の居場所があるはずもないと、けれどもそれは俺のただの願望だった。
あなたのいないあの家で俺は変わらず息をして、さっきメシ食ったばっかなのになんでもーハラ減ってんだとか眠みいとかダリぃとか、厠に行っちゃ紙が切れてたとか、いちいち俺の喚くそーゆーくだらねーことを、静かに笑って聞いててくれる、本の積まれた机の前のいつもの場所にあの人が座っていないだけ、――嘘だろ、じょーだんみてぇだろって、あなたがくれた世界の中で例えあなたを失くしても、俺はひとりで、……ひとりじゃなくても、誰かを信じて頼っても自分の足で立っていられる、そうして俺は生きて行かなきゃならない。
何も信じず誰も頼らず、ひとりでなければ生きられない、閉ざされていた俺の世界にそれがあなたの照らしてくれた光だから。
「――先生、」
腕の中に抱き締めたカタチが、体温が、色も匂いも手触りも、血が通ったまま肉を裂かれるあの日の痛みまで、繋ぎ合わせておかないとこの頃じゃ何もかも遠く薄れてしまいそうで、――覚えてなくてもいい、忘れてしまってもいい、ぼんやり耳に響く声、あの人はとっくに許してる、なのにそれが無性に寂しい気がするのはあの人が薄情なんじゃなくて俺がガキで我儘なせいだろう。
「先生!」
叫んでも喚いても時間は戻らない。なんで、ひとつも夢なんかじゃないのに。ぜんぶココロに覚えているのに。
+++
「……。」
領収書の束睨んで眉間にガン皺寄せてたら、机ですっかりうたた寝こいてた。頭ン中ボーッとしながら握り締めてた手のひら開いたら、入っていたのは梅干しじゃなくてすこんぶきゃんでーだった。
――どっかのアルアル娘の仕業だな、眠気もまとめて吹っ飛んで、さいあく寝言聞かれてませんよーに、なーむーー(-人-;
――あとちょっとアタマも、
「え?」
「……」
やれやれ、跳ねた天パを押し付けて先生の耳元に息を漏らす。流れる髪にエッグタルトの甘いバニラと、それだけじゃない、俺が覚えているのはも少し渋くてひねた舶来モノの、――イヤ、紅茶と混じってちょうどこういう感じでいいのかな、
「わかんないッス。なんっかもー、ホントは全部夢なんじゃないのかなって」
――先生とこうしてても、ずーっと自分があやふやでふわふわしてる。
「……」
くすりと肩を竦めて先生が笑った。
「夢も現実も表裏一体ですよ」
――なんて言ったら身も蓋もないですけどね、
「だったら俺は夢の方に住んでいたい、とかたまに思うのもアリですよね?」
「還れる場所があるんですね」
――だから君は迷子にならない、急にマジメにセンセが何言ってっかよくわかんねーけど、そやって勝手に安心されても逆にビミョー、っていうか、
「……迷子になったら迎えに来てくれるんですか」
ダダっ子の振りして聞いてみる、先生が笑う、
「さぁどうでしょう?」
――まずは自力で頑張ってもらわないと、小さな子供じゃないんですから、
「やっぱスパルタなんですね」
自虐と抗議の溜め息に、
「これでも君にばっかり甘いって結構苦情が来てたんですよ」
含み笑いに先生が返した、
「……あいつらセンセの外面ばっか見てるから」
イヤ別に自慢でもなんでもないですけど、……そのつもりですけど、もしか自慢に聞こえたらそんときゃゴメンね、って何思い出してんだろ、――俺の知ってる先生はわりとけっこーワガママでメンドくさくて頑固で一途で、
「手間掛けさせましたね」
ぽつりと漏らして先生が言った。
「いーんです、好きで勝手に世話焼いてたんですから」
「本当、どっちが保護者かわかりゃしない、って」
緩んだ腕の隙間に、顔を上げて先生が笑った、
「……君に救われていたのはきっと私の方だったんです」
「どっちでもいーっすよ、」
だってそーだろ、俺の世界はあなたがくれたものだから、だけどあなたを失くしても俺の世界は終わらなかった。あの頃それがとても残酷なことに思えた。
俺はあなたであなたは俺で、あなたのいない世界に俺の居場所があるはずもないと、けれどもそれは俺のただの願望だった。
あなたのいないあの家で俺は変わらず息をして、さっきメシ食ったばっかなのになんでもーハラ減ってんだとか眠みいとかダリぃとか、厠に行っちゃ紙が切れてたとか、いちいち俺の喚くそーゆーくだらねーことを、静かに笑って聞いててくれる、本の積まれた机の前のいつもの場所にあの人が座っていないだけ、――嘘だろ、じょーだんみてぇだろって、あなたがくれた世界の中で例えあなたを失くしても、俺はひとりで、……ひとりじゃなくても、誰かを信じて頼っても自分の足で立っていられる、そうして俺は生きて行かなきゃならない。
何も信じず誰も頼らず、ひとりでなければ生きられない、閉ざされていた俺の世界にそれがあなたの照らしてくれた光だから。
「――先生、」
腕の中に抱き締めたカタチが、体温が、色も匂いも手触りも、血が通ったまま肉を裂かれるあの日の痛みまで、繋ぎ合わせておかないとこの頃じゃ何もかも遠く薄れてしまいそうで、――覚えてなくてもいい、忘れてしまってもいい、ぼんやり耳に響く声、あの人はとっくに許してる、なのにそれが無性に寂しい気がするのはあの人が薄情なんじゃなくて俺がガキで我儘なせいだろう。
「先生!」
叫んでも喚いても時間は戻らない。なんで、ひとつも夢なんかじゃないのに。ぜんぶココロに覚えているのに。
+++
「……。」
領収書の束睨んで眉間にガン皺寄せてたら、机ですっかりうたた寝こいてた。頭ン中ボーッとしながら握り締めてた手のひら開いたら、入っていたのは梅干しじゃなくてすこんぶきゃんでーだった。
――どっかのアルアル娘の仕業だな、眠気もまとめて吹っ飛んで、さいあく寝言聞かれてませんよーに、なーむーー(-人-;
作品名:ヅラ子とベス子のSM(すこし・ミステリー)劇場 作家名:みっふー♪