サルベージ短編三本
軍服豆
2006/12/29発行 冬コミ配布ペーパーより
「お、大将、アルお帰り!今回は結構長かったなぁ。」
「お久しぶりです少尉。」
「おう、ただいま…ってやーめーろー!」
3ヶ月ぶりの東方司令部。
執務室に向かう途中の廊下で会ったハボック少尉に頭をぐりぐりとかき混ぜられた。
必死の抵抗もよそに髪はぐちゃぐちゃに乱れ、三つ編みも解けかかっている。
ぶつぶつと文句を言いつつも少尉を睨み付ければ、呆然と掌を見詰め、固まっていて。
「なんだよ…。」
「大将…なんかさ、俺の手ぬとっとするんだけど…しかもなんか臭うっていうか…。」
「ああ、そんな事?だって俺2週間風呂入ってねぇもん。」
「兄さん、自慢することじゃないでしょー!」
「に…しゅうかん?」
驚く事かよと平然と答えてはみたが、そんなに臭うのかと急に不安になり思わず腕を持ち上げ腋の辺りに鼻を寄せてみる。
「そんな臭わねぇけどな。」
「お前の鼻は麻痺してるんだよ!まかりなりにも女の子なんだから少しは気を使えって!」
「えー…。だってしょうがねぇじゃん、こっち向かう直前まで山篭りして地質調査してたんだぜ?野宿だし風呂なんか当然ねぇし、こんなのは毎度の事で。」
匂いが解らない鎧姿のアルフォンスはそんなに酷いのかとあわあわ手を動かし、ハボックは悲壮感漂う表情でがっくりと肩を落とした。
女という自覚すらないこの少女は、黙っていればまるで深窓の令嬢のように美しい。
ただ、あまりにも凶暴な性格と、脳が伝達するより早く攻撃を開始してしまう強靭な肉体が彼女を少年としか見せなくて、別段隠していた訳でも無いというのにロイ・マスタングでさえ気付いたのはエドワードが国家錬金術師になって一年以上も経ってからだったのだ。
その時の上司の慌てっぷりといったら無いと、今でも司令部内でのお笑い種になっている程。
流石のホークアイでさえ、表情こそあまり変化は無かったものの、ぴたりと5分間は動きを止めていた。
ハボックは漸く調子を取り戻したのか、はぁ、と深い溜息を吐き口を開く。
「報告書か?」
「そうだよ、大佐いるの?」
「それが今丁度別部署で問題が起こっててそっちに付きっ切りになってるんだよなぁ。もう少しかかると思うぜ。」
「ふーん、じゃあ図書館でも行くか?アル。」
「そうだね、兄さん。」
「おい、待てって!お前そのまま行ったら図書館大変な事になんぞ!」
「なんで?」
意味が解らないと可愛らしく首を傾げるエドワードに、ハボックは命の危険すら覚悟して、掌で額を隠し最期の言葉を告げる。
「お前の匂い…公害並…。」
なんとか一命を取り留めたハボックと、騒ぎに駆け付けたホークアイに勧められ、エドワードは執務室の奥にあるロイ専用の仮眠室備え付けのシャワーを使う事になった
着替えを革のトランクから取り出し、ベッドの脇の椅子の背凭れに無造作に掛ける。
中に入ってみれば棚にはタオルもあるし、普段固形石鹸一つで身体から顔、髪の毛まで済ませてしまうエドワードには使い方もあやふやな謎のボトルが並んでいた。
じっくり裏側の説明を読むが、何だか解らないのでとりあえずシャンプーを掌に乗せ泡立てもせずごしゃごしゃと掻き混ぜ始めみる。
「なんだこのシャンプー泡立たねぇ…。」
仕方なく一旦洗い流してもう一度シャンプーをすると、お情け程度に泡立ち始め、そんなに汚かったのかとちょっと落ち込んだ。
「まぁ俺のシャンプーじゃねぇし。軍の備品?大佐の私物?どっちにしろ関係ねぇよな♪」
鼻歌交じりに三度目のシャンプーをして漸く満足いくまで立った泡を利用して顔も洗った。
そのままの勢いで身体にまで行こうとしたのだが、ふと自分の持ち物では無いのを思い出し、湯で流す。
せっかくだからとボディシャンプーもしこたま使って全身の垢を擦り落とした。
「ふぃー…さっぱりつるつる。」
仮眠室から直結しているシャワールームは当然ながら脱衣所が無い。
別に誰かいたとしてもあまり気にしないエドワードは、タオルで大雑把に身体を拭き、頭の水分をがしがしと掻き混ぜながら当然の様に磨りガラスの扉を開け放った。
「ん?」
何かがおかしい。
入ったときとなんら変わらない空気。
でも微妙に違うのだ。
いや、微妙どころの騒ぎではない。
エドワードが脱ぎ散らかした服一式、下着もろ共綺麗さっぱり消え去っていた。
「アル…じゃねぇよな。」
宿で同じ行動をとると必ずと言って良いほどアルフォンスが小言を零しながら片付けてくれている。
でもアルフォンスはハボック少尉の手伝いで一緒に何処かへ行ってしまった。
「中尉かな?持ってこいって言ってたし…。あ、れ?置いておいた着替えもねぇ…?」
ふと見れば着替えを掛けて置いた場所に青い軍服の上着。
肩章は間違いなく大佐のもので、これを着ろと言わんばかりだ。
「……………あの野郎!」
下着も無い、服も無い、脱いだ筈の汚れ果てた衣類すら無く、エドワードは忌々しげに舌打ちをした。
仕方なしに軍服に手を伸ばし持ってみると、見た目よりもずしりと重く、まだ温もりすら残っていて、あの男の思い通りになるのは癪だったが全裸で居るのは流石の少女にも憚られて渋々と袖を通す。
「くそっ!なんだこれ…でかすぎだ。」
着痩せするのだろうか。
ロイの軍服はエドワードにとってあまりにも大きく、肩はずり落ち、丈は太腿の半ばまできて、きっちりと締まるはずの襟元すらだらしなく広がってしまう。
女の子なのだからそんなに気にしなくても良いだろう平均を遥かに下回る身長は、人からズレ捲くった男らしい感性の元に大層なコンプレックスとなっており、苛立ちもピークに近い。
そんな時、ふと動く空気。
エドワードは眉間に皺を寄せ、真っ暗な部屋の隅を燃え立つような瞳で睨み据えて声を張り上げた。
「出て来いロイ・マスタング!!」
「おや、バレてしまったようだね。」
「バレるもへったくれもあるか!この糞野郎!!ご丁寧に気配まで消しやがって、変態!」
「気付かない君が悪いよ?」
飄々とした声は笑いを含んで、薄暗い仮眠室の中に響く。
悪びれもせず嘯く男に、エドワードは小さな身体を警戒心で逆毛だてた。
「ああ…凄くイイね、エディ。」
「エディって誰だ?」
「勿論、君しかいないだろう?」
エドワードの全身をねっとりと舐めまわすように視線を這わす。
己が仕組んだとは言え、素肌(しかもノーパン)に軍服の上だけという姿は、少女に恋情を抱き捲くりのロイにとって目の毒を通り越して犯罪だ。
両手は長い袖の中に隠れてそこから出すにはまず三折はしないと駄目だろう。
風呂上りに薄紅色に浮かび上がる、ともすれば痛々しいくもある大きな傷跡、それに繋がる機械鎧が水を弾きシャワールームから漏れる光を鈍く反射させ、普段肌を極限まで隠して旅をしている為に日に焼ける事も無く透けるように白い太腿と相反して劣情を煽った。
ロイはごくりと喉を鳴らし、部屋の片隅から一歩前に踏み出す。