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つかんで、はなすな

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失いたくないものを失わないためにできることはなんだろう。
「選ばないことじゃない?」
 そう言って笑ったのは空だった。らしくねーな。そうかもね。軽いノリで笑い合ったその後俺はこう言った。
「そうやってヤマトのこと諦めようとしてんのか?」
 空は笑ったままで黙った。ああ、全く、核心なんかそう気軽につっついてみるもんじゃない。軽い後悔。それでも俺は、これが自分の役割なのだとずっと思っていた。空の躊躇が俺への遠慮なら、俺が背中を押さなきゃいけない。
 だから、あの時しばらく黙ってから空が言った言葉は本来は俺の台詞だったはずなんだと思う。

「私なら大丈夫だから心配しないで」





 しかし振り返って考えてみれば結局のところ、それはそんなに切羽詰った問題じゃあなかったようだった。ヤマトと空は実にあっさりと(しかしひっそりと)付き合い出した。俺の気も知らないで、と思わないこともないけど、見方を変えれば俺が俺の役割をきちんと果たしたということなのかもしれないし。
 良かったなと素直に思う。二人が今でも変わらず俺の友達で居てくれることも、嬉しい。

 そんなことを考えながら通り過ぎた中学校での生活が、今日で終わる。

 堅苦しい卒業式が終わり、部活のメンバーが騒いでるところからうまく抜け出して、俺はいくつかの顔を探して歩いていた。校庭。校舎前の花壇。下駄箱へ続く道。桜並木の中に一本だけ花を咲かせ始めている木を見つけた。そういえばヒカリがあそこで写真を撮りたがっていたっけ。
「太一っ」
 呼ばれて振り向いたら、花束を抱えた空が立っていた。探していた顔のひとつだ。
「あら、意外。無事なのね」
「え? 何が?」
「第二ボタン」
 空は笑って俺の腹の辺りを指差した。あぁ、と俺は曖昧に息を吐く。関心がなかったわけじゃないけどあまり考えたくない事柄だった。
「お前はヤマトのボタンもう貰ったのか? あいつ人気者だから早くしないとヤバいんじゃねーの?」
 からかう声色で言ってみたのだが、空は平気な顔で首を振った。
「私はいらない」
「なんで。女子ってそういうの好きじゃん」
 そう言ってから、『そういうこと』こそ空の嫌いなものだったと思い出した。女らしいとからしくないとか。
「そもそもうちの学校はブレザーだから、第二ボタン意味ないじゃない」
「え? そうなのか?」
 考えていたのと全然違う反応が返ってきて純粋にびっくりした。
「学ランの第二ボタンって丁度胸の辺りにあるでしょ。心臓の近く。だから、あれは心に例えられてるのよ」
「へえ、そうなんだ」
 自分の胸を指差して空が解説し、俺は素直に納得する。それなら確かにブレザーじゃ意味がない。
「でもヤマトの奴が追い回されてるとこ、さっき見たぜ」
「あはは。女の子は好きだからね、そういうの」
「俺が貰っとけばよかったか」
 空の笑いがぴたりと止まった。
「なんで?」
 だって、と言おうとした俺の視線は、こちらに急接近してくる男のいやに目立つ風貌に奪われた。
「ヤマトだ」
「あ、ほんとだ」
 全力疾走で近づいてきたそのイケメンは息を切らしながら俺と空の腕を捕まえ、
「やっとみつけた」
 と呟いたかと思ったらまた走り出した。その行動に説明は要らなかった。俺も空も理解して、大人しく従って一緒に走った。

 連れてこられた先は人気のない校舎裏の片隅、非常階段の下。俺と空はヤマトが呼吸を整えるのを黙って待っている。ヤマトは暴漢にでも襲われたのかってくらい乱れた服装で、なんか、毛布かなんかあったら肩にかけてやりたいと思った。
「女子こええ……」
「?」
 いや、空は怖くないんだけど。
 はあっ、とヤマトが大きく息を吐いて、顔を上げた。
「落ち着いた? 大丈夫?」
 空はカバンからスポーツドリンクを取りだしてヤマトに差し出した。サンキュ、と呟いてヤマトはそれを受け取った。ああ、ここにいるのは三人じゃなくてふたりとひとりなんだなぁって思いながら、見ている俺がいた。
「悪ィな二人とも。何も言わずに引っ張ってきちゃって」
「わかってるから、平気だって。なぁ?」
「うん」
「そうか、ありがとう」
 ヤマトは笑った。そして小脇に抱えていたブレザーの袖に腕を通した。俺は思わず、
「あ」
 と口を開いてしまった。
「なんだよ太一」
「いや、その……」
 ふらふらと視線が泳ぐ。ヤマトを見ることができない。空のことも。階段の薄暗さと埃っぽさに仕方なく目を向けたりなんかしてみたりして。「ボタン」という空のその言葉でようやく目が泳ぐのを止めた。そして、ヤマトのブレザーに第二ボタンがついていないことを、もう一度確認する。
「誰かに取られちゃった?」
 なんでもないことのように、まるでヤマトをからかうみたいに、空は笑って言った。俺はかっとなって「このやろう!」とか叫んでヤマトに掴みかかっていった。
「太一!」
 俺を呼ぶ声はふたつ重なって、それでもかまわず俺は喚いた。
「なにやってんだよ、しっかりしろよ、空を悲しませるなよ!」
「おい、太一」
「お前の大事な女の子は、俺にとっても大事なんだよ! だから……」
「…………」
「…………」
 二人分の沈黙と視線が頭を冷やし、あ、と思ううちにみるみる顔が熱くなっていく。どさくさで、勢いで、なんて恥ずかしいことを、俺は!
 胸倉を掴んでいた手を離してから何か言い訳しようと口を開きかけた俺を制したのは目の前の冷静な青い瞳で。
「落ち着け。そして俺の言い分を聞け」
 なんて言われたらもう黙るしかなくて「わるい。すまん。……ごめんなさい」と情けない声を発しながら俺は座り込んだ。
「そんなに落ち込まなくても……。お前の気持ちはわかってるつもりだよ、俺」
 少し顔を上げてみるとヤマトは決まり悪そうに笑って俺を見ていた。
「約束する。空のこと、大切にするって」
 真剣な視線に耐えきれずに思わず「ばーか」と悪態をついてしまった。
「そーゆーのは俺じゃなくて空に言え、空に」
 そして視線を移した先では張本人が真っ赤な顔で居心地悪そうにしていて。
 黙って見つめあったあとに、誰からともなく俺たちは声をあげて笑いだした。自分のことが滑稽で、互いの言動が可笑しくて、そしてやっぱり俺は、ふたりのことが好きだと思った。

 ヤマトがおもむろに靴を脱ぎ出したので俺と空はぎょっとした。右足の方の靴を逆さにしたら何かが転がり落ちてきた。
「何? 石?」
「いや、第二ボタン、俺の」
 真面目な調子でヤマトはそれをてのひらの上に転がしてみせる。本当に、それは俺のブレザーについているのと同じ種類のボタンだった。
「…………え?」
 俺は絶句して、見ると空もきょとんとしている。
「この通り、隠してたから誰にも取られてない」
 ヤマトはなぜか誇らしげに言う。
「太一、お前どう思う? 空は自分のカレシの第二ボタンが欲しくないって言うんだ」
「どうって、空はお前のことを追いかけ回してボタンを奪い取ろうとするタイプじゃないし、だからこそお前は空のことが」
「あーもうお願いだからこれ以上恥ずかしいこと言わないで!」
 当たり前の制止だった。
「……でも、かといってほっといたら他の誰かに取られちまうわけだろ?」
作品名:つかんで、はなすな 作家名:綵花