C+2
【朝定食】
「すごっ……」
朝から公麿が感嘆の声を上げたのには理由があった。
彼の目前に並ぶ料理は、立派な朝食だった。
ごはんにお味噌汁、焼き魚、ひじきの小鉢に納豆。それが綺麗に並べられている。
別段とルールや当番があるわけでなかった。それ已然に三人で暮らしているというわけでもなく、ただ共に朝を迎える場合は夜も共にしていたというだけだった。つまりは、起きれた者が気を利かせて朝食を作っているだけで確率的には最もそうなりやすいのは宣野座であった。だが、彼は極端に朝に弱いため、最も料理が出来る人物が何も出来ないということが多かったのだ。元より、朝に起きれたことも少ないということもあるのだが…………
「これなら大丈夫そうだな……」
そう呟いた三國の言葉に一瞬公麿は首を傾げたが、その意味を直ぐに合点した。
「失礼だな……もう」
「信用できるか……」
言い争う二人を見つめながら、魚は人数分焼けば良く、ごはんは炊く量の限界があるので安心であり、納豆も人数分出せばいい、問題があるとすれば味噌汁とひじきくらいだろう。
「あの味噌汁は……」
「あっ、それインスタントなんだ」
ごめんねと宣野座は微笑むが、公麿は逆に安堵を覚えた。と、同時に一つの懸念が産まれた。
「うん。実はひじきいっぱい作っちゃった」
ごめんね、と再び微笑む宣野座を見た瞬間、公麿はキッチンへと足を向けていた。そして、鍋の中にある大量のひじきの煮物に少しだけ頭を抱えた。
「冷凍できるし、常備菜だよ」
沢山食べてね。と、宣野座は笑う。現在テーブルの上では、小鉢に追加して大皿にひじきの煮物が盛られたモノも置かれている。空になった小鉢に三國がそこからひじきを盛っている。
「あのさ、まだご飯ある?」
おかわり?と伸ばされた宣野座の掌に茶碗を渡すと、公麿は小さく首を横に振った。
「ひじきごはん少し食べたいんだけど……」
「いいね、それ」
作ってくるよと、立ち上がった宣野座は急に翻りこう続けた。
「事務所の子達にも差し入れたいから、もう少しごはん炊いてもいいかい?」
「好きにしろ」
ありがとう微笑むと宣野座は足早にキッチンへと消えていった。
「好きなのか?」
「えっ?」
「あっ、おばさんがよく作ってくれたんだ」
一人暮らしをするようになってから、こういったものを食べなくなった。子供の頃は苦手で、叔母が作る料理が苦手だったが今は恋しいと思う。そんな懐かしい味を宣野座の手料理は思い出させてくれた。
「そうか……」
愛しげに目を細めた三國の大きな掌が、公麿の茶色の髪の毛を撫でている。それがとても温かく、優しくてまるで甘える猫のように公麿は目を細めた。
「おまたせ」
その声にゆっくりと撫でていた三國の掌が離れ、邪魔したかなと小さな声で茶碗を受け取る時に宣野座が囁いた。
再びキッチンへと消えた宣野座から目を茶碗へ移すと、程良くひじきの混じったご飯を口にした。
「美味しい」
昔は好きではなかったのに、今は美味しく感じる。宣野座の作る味はいつも薄めのモノが多いのだが、この煮物は濃い味付けをされていてごはんに良く会うのだ。甘辛く染みこんだ揚げを噛みしめるとじゅわりと汁が溢れてくる。
「美味いのか? それ」
「食べたことないの?」
「ない」
まるで見たこともないと、奇妙なモノを見るように三國の視線が茶碗へと注がれている。やはり、食べたことがないと訴える三國に、薄い笑みが漏れてしまう。
まだたいして生活を共にしていないが、三國が今までしてきた生活と、公麿が暮らしてきた生活のレベルが違うことだけは確かだ。それとも、彼はこんな家庭の味を食べたことがないのかもしれない。
「食べる?」
「少しだけなら……」
そう問い掛けられば、三國は少し戸惑いながら応えた。その仕草が年上でありながらも、可愛らしく思えて公麿はこう続けた。
「あーんして」
見本を見せるように大きく口を開くと、三國は驚いたように、そして何故か顔を赤らめている。
「えっ、えっ……、あ、あーん」
何故と一瞬公麿は思ったが、自分も向かし真朱に同じことをされたことを思い出した。照れを隠すように、恥ずかしそうに口を開けた三國にそっと箸を近付けた。
「どう?」
咀嚼する三國に問い掛ければ、応えるまでもなく美味しそうに目を細めながら食べている。顎を動かす度に少し揺れる髭を見つめながら、三國の食事を眺めていた。
「美味いな、あーん」
また大きく口を開いた三國に、そっと箸を近付けるとパクっとそれを咥えている。美味しいと、互いに言い合いながら一つの茶碗と箸で食事をしている。なんだか、そんなことがとても楽しくて、幸せだ。
「なにやってるの、君たち」
半ば呆れたような声色で宣野座が、再びキッチンから姿を現した。公麿には微笑みながら、三國にはまるで珍獣でも見るかのような視線を向けている。たぶん、嬉しいのは笑ってくれることだと思う。でも、いつも笑顔の宣野座が、三國だけは好悪の感情の差を見せているのが羨ましく感じる。
「はい、お昼にどうぞ」
そう宣野座が公麿に渡したモノは大きなおにぎり二つだった。この三國の家にはそれしかなかったのか、ラップでくるまれただけのものだったが、透明なそれからひじきごはんが覗いている。
「これ、俺に?」
「お昼の足しにしなよ」
そう笑う宣野座に、誰かの作ってくれたお弁当なんていつぶりだろうと胸が高鳴る。嬉しくて、まだ温かいそれに頬を寄せれば小さく宣野座は微笑んでいた。
「壮一郎はどうせ時間無いとか言うんだろ? これなら移動中にも食べれるから」
そう、もう一つだけ同じおにぎりを三國の前に宣野座は置いた。
「すまない……」
「素直だね、今日は……」
「美味かったからな」
「素直な壮一郎は可愛くないなぁ……」
なんだそれはと突っかかる三國と、それを笑いながら交わす宣野座を眺めながら公麿の胸に温かいモノが溢れてくる。口に出せば怒られるだろうが、両親が生きていればこんな関係だったのだろうか、まるで家庭のような、家族のようなこの関係が好きなのだ。
「あのさ、今度お弁当作ってどこか行こうよ」
そう口に出せば言い争っていた二人は揃って、いいねと笑っている。
「明日休みじゃなかったかい?」
その言葉に頷けば、三國は調整しようと言い、宣野座は僕は空いてるよと微笑んでいる。
「じゃあ、明日な」
ああと短く返事をする三國と、準備しにないとねと宣野座は楽しそうにしている。
きっと明日もいい日になる。
【終】