ラ・ピュセル
彼女に出会ったのは戦いのさなかのことだった。
彼女は神の言葉を聞いたという。とてもじゃないが、俺にはそんな風には見えなかった。
どこもでもいそうな農民の少女。ごくごく普通の女の子。
ただその瞳だけが、どこまでも見通すような真っ直ぐな瞳が、ひどく印象的だった。
「お目にかかれて光栄です、わが祖国。」
彼女は俺に向かってそう言い、笑った。それが、俺と彼女の出会いだった。
俺は一度だけ、彼女に聞いたことがある。
本当に神の言葉を聞いたのか、と。
彼女は少し困ったように笑い、
「それはそんなに重要なことですか?」
と言った。思わぬ言葉に、俺は思わず間抜けな声を出してしまった。
「へ?」
そんな俺を見て、彼女は笑い、重ねて言った。
「それは、そんなに重要なことですか?私が神の言葉を聞いたのは本当です。そのことを信じる者も、信じない者もいるでしょう。でも、それは重要なことですか?」
「それじゃあまるで、神の言葉を聞いたかどうかはそんなに重要じゃない、って言ってるように聞こえるけど。」
彼女は神の言葉を聞いたからこそ、ここにいるのではないのか。
「ええ、そうです。私はずっと祖国のために何かしたいと思っていました。そんな時に、ちょうど神の言葉を聞いたのです。だから私は神の言葉に従った。神に言われたから、私はここにいるのではないのです。私は、私の意思でここにいるのですよ。」
「君は望んで、ここにいるというのか。こんな戦場に?」
「神の言葉がなければ、戦場にはいなかったかもしれません。傷つくのも傷つけるのも、私は嫌いです。しかし、方法は違ったとしても、私は祖国のために何かしたと思います。」
彼女はきっぱりと言った。
「…それは、俺のため、ということ?」
「そうでもありますが、それだけではありません。祖国のために何かをする、ということは、それは家族のためであり、仲間のためであり、友のためです。そして、それは自分のため、ということなのですよ。」
彼女はそう言って微笑んだ。
「俺は…自分の意思ってものが何なのか分からない。だから、君の言うこともよく分からないよ。」
「あなたは何かを望んだことはないのですか?」
彼女は不思議そうに俺の方を見た。
「分からない。俺の意思は、望みは、本当に俺のものなのか。国王や国民が望むから、俺も望むんじゃないか、って。そう思えてくるんだ。」
俺はずっと不安だった。自分の望みが、思いが、一体誰のものなのか、分からないことが。
「あなたは国ですから、人とはどこか違うところはあるのでしょう。それでも、あなたはあなたではないですか?」
彼女は、真っ直ぐに俺の方を見ていた。どこまでも見通すようなあの瞳で、俺の方を真っ直ぐに。
「俺は…俺?」
「ええ。もし仮に、国民や国王の意思が、あなたの意思に影響を与えていたとしても、やはり、あなたはあなたなのです。ただ一人の、私たちの祖国。」
「やっぱり、君の言うことはよく分からないよ。」
「いつか、きっと分かる日が来ますよ。」
そう言って、笑う彼女は、やはり普通の女の子にしか見えなくて、それでも、きっと誰よりも美しいと俺は思った。
「そういうものなの?」
「はい。いつか必ず分かりますよ。」
彼女を美しいと思った。降りかかる試練も苦難も、不幸も、少しでも少なくなればいいと思った。
「…こんなこと人に話したのは、君が初めてかも。聞いてくれてありがとう。君に神のご加護がありますように。あと、これは俺からの加護。」
彼女の手を取り、キスをひとつ落とした。
「まぁ、あなたって人は…。」
笑う彼女は、誰よりも美しく、でもやはりただの女の子だった。