Ⅴ-Five
第一章 始まり
数週間前―
「 ・・・嘘だろ?」
手に持っていたクッキーがすり落ちる。
クッキーが床に当たり、くだける。
エドワードはその様子をただ呆然と見つめた。
そして今起きた衝撃を口にする。
「味がしねぇ・・・」
エドワードが口にしたクッキーは確かに今朝食べたときは味がした。
生地にナッツが練りこんであり、表面にはバターを塗って焼き上げてあった。
甘すぎず、後味はナッツの香ばしさがほんのり残るクッキーだったはずだ。
でも、今は味を感じない。分からない。
エドワードは何日か前から食事の度に違和感を感じていた。
妙に苦く感じる日、妙に酸っぱく感じる日、
味が濃く感じる日、薄く感じる日、さまざまだった。
だが、何しろ旅の中でも食事だったので、
同じものを食べる機会も少なく比べることがなかった。
少しの違和感に気づくものの全て気のせいで済ませていたのだ。
だが、事態は気のせいで済むものではなくなってしまった。
次の日になっても、
その次の日になってもエドワードが味を感じることはなかった。
「最近、兄さん食欲ないんじゃない?」
「ん?・・・そうか?」
確かに食欲は無くなっていた。
なにしろ美味しいとも不味いとも感じない。
食べるということへの恐怖すら感じ始めていた。
しかし、エドワードはアルフォンスに何も言えずにいた。
むしろ必死に隠していた。
食べることも、眠ることも出来ないアルフォンス。
そのことを思うと、口にすることが出来るだけで自分はまだ幸せなんだと思う。
旅先で美味しそうなものを見つけ、エドワードにすすめては感想を聞いて。
美味しいと言えば、場所と名前のメモを忘れない。
『いつかまた絶対に食べに来ようね。
その時は僕も食べるんだから。』
食べたいだろうに、食べることが出来ない。
香りすら嗅ぐことができない。
それはどんなに辛い事か、でも弱音は吐かない。
そんなアルフォンスには口が裂けても言えなかった。
「なぁアル、先生の所行かないか。」
「ダブリス?」
「あぁ。」
「…ここでの調べ物も終わったしね、久しぶりに僕も会いたいな。」
あまりにも唐突なエドワードの提案。
だが、アルフォンスはこういう時、何も聞かずにいてくれる。
聞くときは何が何でも聞く。
だけど、時にこうしてそっと頷いてくれる。
そんな弟にいつもエドワードは救われていた。
エドワードは無性にイズミに会いたくなった。
表にこそ出さないが、内心はひどく怯えていた。
食事を採る度に嫌でも実感してしまう。
味覚という感覚を失った。
得体のしれない恐怖。
これは人体練成のリバウンドなのか…
だが、今さらありえない…
だったら何なんだ…
嫌だ。
怖い。
体の心が凍り付いていくような感覚。
先生…俺は今どうなってる?教えて下さい…