Ⅴ-Five
久しぶりに先生の顔を見た瞬間、エドワードは少しホッとした。
二人の兄弟にとってイズミはとっくに母のような存在になっている。
子を失った母親、母親を失った子―この出会いは運命だったと思う。
それはお互いが自覚していることだった。
本当の母よりは随分と恐ろしいが、
そこにある優しさを確かに兄弟は感じていた。
イズミは突然現れた二人に驚いた。
そして、取り繕ってはいるがいつもとは違うエドワードの雰囲気に気付いていた。
こんな風に用もなく兄弟が来ることはおかしい。
エドワードに何かあったな…
「おかえり。」
「「ただいま。」」
久しぶりに会ったので、会話は随分とはずんだ。
アルフォンスも久しぶりの穏やかな時間を楽しんでいるようだった。
そんな中、エドワードはイズミにどう打ち明けようか迷っていた。
まずはアルと離れなければならない。
そう考えているうちにその日は終わってしまった。
次の日の朝、
イズミはアルに買出しを頼み、エドワードには店の手伝いを頼んだ。
アルは怪しむことなく、出かけていった。
そしてイズミはエドワードにイスに座るよう促す。
先生には敵わないな…
「先生、相談があります。」
「なんだい。」
時間も限られているので迷ってる時間はなかった。
エドワードはここ最近のことを先生に伝えた。
少しづつ味に異常を感じるようになったこと、
今では味を感じなくなってしまったこと。
全てを話し終えた後、イズミは静かに席を立った。
「エド、支度しな。」
「えっ?」
「病院へ行くよ。」
イズミが思うに、エドワードの症状は錬金術とは関係なかった。
今頃になってリバウンドがくることはおかしいのだ。
残る可能性は病院へ行くことだった。恐らく病だろうから。
だが、エドワードはその可能性を考えないようにしていた。
錬金術によるリバウンドなら何とか出来ると思ったのだろう。
だからそちらであることを願っているようだった。
シグに後のことを任せ、イズミとエドワードは家を後にした。
イズミの隣を歩き、病院に向かうエドワードは本当に幼い子供のようだった。
イズミの胸にもじわじわと不安が広がっていた。
何か嫌な予感がして仕方がなかった。
どうかこれ以上・・・
この兄弟を苦しめないで下さい。
病院で簡単な検査をいくつか行った。
その結果医師が導き出した答えはあまりにも無責任な言葉だった。
「分かりません。」
「どういう事だいっ!!!!」
申し訳なさそうな医師の答えに、イズミの声がみるみる低くなった。
医師は行った検査の結果を説明した。
エドワードは二人の会話をただ静かに聞いていた。
「味覚以外に特別な異常はありませんでした。
なので、ストレスからきてるものかもしれません。
ですが、この症状に似た病気があります。
それをはっきりさせるには詳しく調べてみないと…」
「エド、どうする?」
イズミの問いに暫く考えたあと、
エドワードに医師に向かって問いかけた。
「その似た症状の病気はタークス病ですか。」
「…そうです。」
「可能性は高いですか?」
「私は専門ではないのではっきりとは言えませんが、
心因性の可能性は低いかと…」
「・・やっぱり・・そっか・・。」
心因性が低いというはタークス病である可能性が高いということ。
エドワードはそれを聞くと、もう用は済んだとばかりに席を立った。
そんなエドワードの腕を掴み、無理矢理席に椅子に座らせた。
「いったい何だいタークス病ってのは!!」
エドワードと医師の会話についていけなかったイズミが大声をあげる。
医師が戸惑っていると、エドワードは静かにイズミの質問に答えた。
「タークス病は不治の病なんだ。」
「・・っ!!!!」
「俺、実はちょっと調べてたんだ。」
エドワードは味覚を失った後、隠れて色々と調べた。
まず人体練成のリバウンドという可能性。だが、それは簡単に消された。
そしてもう1つの可能性、病。
味覚障害に関する資料を読んだ。
病を治してる時間なんて無い。
ゆっくり休む時間なんて無い。
アルに早く体を…
だからこそ、病という可能性は捨てたかった。
そのためにも調べずにはいられなかった。
だが、調べても調べても可能性は消えてくれなかった。
病の味覚障害の中にも色々な可能性があった。
可能性が1つ消えるたびにホッとする。
だが、それも束の間でまた新たな可能性が出てくる。
それを何度もくりかえした。
そうして自分なりに調べてたどり着いたのが『タークス病』だった。
何度も可能性を消そうとしても、
消えてくれなかったもの・・それが『タークス病』。