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【シンジャ】甘い運命【千夜一夜サンプル】

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 目の下がフェイスベールで覆われている為鮮明に顔を見る事が出来無い相手であるというのに、彼女を閨へと誘ったのは彼女に惹かれる物があったからだ。惹かれるものが無ければ、わざわざ閨へと誘ったりしない。フェイスベールを外した彼女の顔がどんな物なのかという事を考えているうちに、手に持っている盃に入っている酒が無くなってしまった。
 まだ飲み足り無かったので盃へと酒を注ごうとしていると、部屋の外から人の話し声と足音が聞こえて来た。その足音を聞き手を止めていると、部屋の入り口の方から女官の声が聞こえて来た。
「お客様がいらっしゃっております。お部屋に通しても構いませんでしょうか?」
 その台詞を聞く事によって、彼女が自分の元へとやって来たのだという事が分かった。
 彼女が自分の誘いを断る筈が無いという根拠の無い自信があったのだが、それでも彼女が来た事が分かり自然と口元が緩んだ。
「通してくれ」
「はい」
 女官のそんな声が聞こえて来た後、金属がぶつかりあう音と共に足音が聞こえて来た。聞こえて来ている音は、彼女のヒップスカーフや装身具に付いている硬貨を模した物がぶつかりあう音なのだろう。
 フェイスベールを外した彼女はどんな顔をしているのだろうかという事を再び考えながら、空になっている盃だけで無く、彼女の為に用意させていたもう一つの盃に酒を注いでいく。酒を注ぎ終えた所で丁度彼女が部屋へとやって来たようだ。聞こえて来ていた足音が途絶えたので部屋の入り口を見ると、頭の上からベールを被った女性の姿があった。
 天井にあるパレスランプによって部屋の中は明るくなっていたが、昼間ほどの明るさは部屋の中には無い。その為、裾に硬貨を模した物が付いた薄い布を被った女性の顔を見る事は出来なかった。それでも、その下に着ている衣装や体格から自分が閨へと誘った踊り子で彼女があるのだという事が分かった。
「来てくれたんだな。素晴らしい舞いだったぞ。何処で習ったんだい」
 そんな自分の質問が聞こえていない筈は無いのだが、彼女は自分の質問へと答える事無く自分の側までやって来た。
 私室の中には寝室や親しい相手を通す部屋だけで無く、浴室や寛いだ時間を過ごす為の部屋が幾つかある。今自分がいるのは、寛いだ時間を過ごす為の部屋の一つである。絨毯の上に置いてある座布団に体を預けて過ごす事が出来るその部屋で座布団に体を預けている自分の前までやって来た彼女は、何も言わず自分の隣へと腰を下ろした。
 離れた場所から見ただけであった為今まで気が付かなかったのだが、彼女は背が高い方であるようだ。それでも、自分よりも頭一つ分以上は違うだろう。丁度ジャーファルほどの身長で彼女はあるだろう。似た様な髪の色と髪型をしているので、同じ服装をさせた二人を後ろから見たら、どちらがどちらかという事が分からなくなってしまいそうだ。
「一杯飲むかい?」
 前にある盃を手で示しながらそう言ったのだが、彼女はそれに対しても何も言おうとはしなかった。
「口が利けないのかい?」
 口が利けない為何も言わないのかもしれないと思いそう訊ねたのだが、彼女はそれに対しても何も言おうとしなかった。
 先程からの彼女の様子を見ている限り、耳が聞こえないという事は無いだろう。何も先程から言おうとしないのは、自分と話しをしたく無いからなのかもしれない。
「俺と寝るのが嫌なら帰っても良いんだぞ。したく無い相手とするのは趣味じゃないんだ。勿論、それを君が選択したからといって何かするつもりは無い」
 女官にその事を彼女に伝えて貰ったのだが、それでも断れば何かされるかもしれないと思い彼女はここへと来たのかもしれない。そう思いそう言うと、先程から喋らないだけで無く身じろぐ事すらしなかった彼女が動き出した。
 その次の瞬間、こちらへと向かって何かが飛んで来た。それに気が付いた次の瞬間には、それを避ける為に体が反射的に横へと動いていた。
「仕事を抜けだそうなどという真似はしないで下さいと言いませんでしたか。しかも、素性も分からない踊り子を閨に誘うなどという事をして。何か問題が起きると困るので、素性の分からない女性と気軽に閨を共にするのは止めて下さいと言いませんでしたか?」
 先程まで頭の上から被っていた布を床へと落とした踊り子は、こちらへと武器を投げた時の格好のままそう言った。

「……ジャーファルだったのか」

 踊り子の顔を見た瞬間驚きの余り思考が停止してしまったのだが、ジャーファルの言葉を聞き漸く止まっていた物が動き出した。

(本編に続く)