愛と友、その関係式 第18,19,20話
が、離した手を美奈子に再び掴まれた。姫条が美奈子へ顔を向けると、美奈子も姫条を見上げていた。美奈子の唇が動く。
「……もしかして、それが答かな?」
「わからん。せやけど、美奈子ちゃんと居たら言いたくなった」
「そっか」
美奈子が下を俯く。がっかりした? 安心した? その表情はどちらともとれた。不安になったのは姫条のほうで心もとなく呟く。
「美奈子ちゃんこそ、何でそう思うん?」
「――説明できない。そんな気がしただけだから」
美奈子は首を傾げて困ったふうに微笑んだ。
「私もね。いろいろ考えたんだ。好きになることって何だろう、恋愛って何だろうって。……今まで真剣に考えたことなかったの。夢は素敵なお嫁さんなのにね」
ふふっと美奈子は笑う。
姫条は意外そうな顔をして美奈子をみた。
「そうなんや。美奈子ちゃん、てっきりスポーツ選手かなんかやと思っとったわ」
「うん、身体を動かすのは大好きだし夢の一つだよ。でも、一番は素敵なドレスをきて一番に大好きな人と生きていくこと。絵本の王子さまとお姫さまみたいにね。……変かな?」
「そんなことあらへん」
姫条が首を横へ振る。
「ありがとう。――昔はね、恋愛って楽しいことばかりだと思っていたの。だって、好きって感情に悲しいことなんて、辛いなんてあるわけないもの。……でも違うんだね」
美奈子は何かを思い出すように目を細め遠くを見つめた。
「すまん」
姫条は咄嗟に謝った。美奈子が自分のせいで辛い思いをしているのだと思ったからだ。が、美奈子は慌てて首を振った。
「あ、違うの! えっと、――まわりを見てるとね、そう思ったの。それに、姫条くんのお父さんもお母さんが大好きなぶん苦しかったのかなって」
言って、さぁっと美奈子は顔を青ざめさせた。
「ごめん。なに言ってるか解らないよね」
美奈子は立ち上がると芝生一面の広場へ駆けだした。十メートルほど走って立ち止まり、姫条へ振りかえった。
「忘れてるかもって姫条くんは言ったけど忘れてないよ。だって、次の日に――。ううん、お父さんと仲直りができるといいね!」
満面の笑顔で手を振る美奈子。姫条はややあってから手を振りかえし立ち上がる。
「おおきに。美奈子ちゃん」
呟きは、美奈子へ届く前に消えてしまう。しかし、それはそれで良かった。
小波美奈子が言うと不思議とそんな気がした。自分を変えるのは、いつだって彼女で。彼女を見ると満ち足りた気持ちになる。
これが幸せなら、小波美奈子も同じように幸せになってほしいと姫条はただ願った。
◇◆◇◆◇
愛とは何か? 美奈子は繰りかえす。
誰かが傷つくなんて考えもしなかった。喜び、楽しみの裏側で、悲しみ、憎しみ、怒り――それは理不尽に、時には論理的に感情は起こる。
先ほどの姫条の話だってそうだ。
愛が深ければ深いほど、期待すればするほど、感情が裏切られたときの反動は大きい。誰しもが幸せになりたいだけなのに、それぞれが別の誰かで唯一で代わりなどいないと気づいてしまった。
――廊下で紺野に呼びとめられたことを美奈子は思い出してしまう。舞い戻る理不尽な胸の痛み。怒り。
誰かを好きになることは、決して幸せな感情ばかりを運んでくるわけじゃない。
これは誰の感情なのだろう? 紺野の? それとも、自身の? 傷ついている、他の誰でもなく自分自身が、手前勝手に。
姫条を見れば、今でも胸が優しく疼く。楽しいことが彼の傍にあるのだと、そんな気にさせてくれる。
まるで、赤と青。対極の色が交じりあって、どれが本当の自分か解らなくなる。気づくと、美奈子は自分の微笑みが嘘か真実かさえ解らなくなっていた。
どうしてこんなことになってしまったのか?
考えながら、一方で美奈子は足を踏みだせないでいた。
「ほな、な」
いつもの帰り道。結局、何も言えなかった。
「うん。楽しかった。またね」
言葉に嘘などない。本当に楽しいし、姫条との別れは名残惜しい。美奈子は自宅玄関の前で小さくなっていく姫条の背中を見送った。
姫条に優しくされればされるほど募るばかりの焦燥感。美奈子は、どうする事も何処に進むこともできずに呆然と立ち尽くす。
20話へ続く
作品名:愛と友、その関係式 第18,19,20話 作家名:花子



