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愛と友、その関係式 第18,19,20話

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 愛と友(ゆう)、その関係式
<下>終始

第十九章 愛の行方

 時は五月――。
「今度の日曜、博物館ってどうかな?」
「かまわへんけど……」
 姫条は携帯電話を握りしめて自室の天井を見上げた。気分が盛りあがらないのは、ここ最近の美奈子の言動がおかしいからだ。
「あんな美奈子ちゃん」
「なに?」
 美奈子は姫条の疑惑を知るよしもなく明るく切り返す。そう、態度や声調子はいつも通り。むしろ前にもまして明るくなっていた。
 おかしいのは、あくまで言動だった。たとえば今の”博物館”。今までの美奈子では考えられない選択肢だ。
 姫条はあれやこれや考えたあげく、明るい声に水をささないことにした。
「――いいや。なんでもない」
「そう?」
「おお、ほな。日曜、楽しみにしとるで」
「うん。またね」
 嬉しそうな美奈子の声がして、電話が切れた。
 電子音を耳にしながら、そっと姫条は携帯を閉じる。それから、短く息を吐く。腑に落ちないことは沢山あった。
 思えば、おかしくなったのは進路相談の日の帰り道だ。姫条の腰へ抱きついて”好き”という言葉を美奈子は繰りかえした。姫条の煮えきらない態度に痺れをきらしたのかと思いきや、そうでもないようで。考えれば美奈子という人間はそこまで積極性にあふれる人物ではなかったと思い出す。
 ごろりとベットに寝転がって、携帯を端へ転がした。
「この前はプラネタリウム。その前はイベントホール」
 高校最後のゴールデンウィークだからと、ここ数日はデートの連続で姫条は行った場所を指折り数えて確認する。
「やっぱり変や」
 前の美奈子なら、ボウリング場に温水プールに遊園地と身体を動かす場所を好んでいたように思う。今はどちらかというと身体を動かさない場所を選んでいるようだ。
 博物館だってそうだ。加えて美奈子は勉強が嫌いで、姫条じゃなくても驚くに決まっている。
 が、前述したとおり異変はそのくらいで、あとは至っていつもの美奈子と変わりなく暗く落ちこんでいる様子はない。だから、あえて訊くようなことではない気がする。
「考えすぎなんやろか?」
 姫条の中で違和感だけが膨らんでいく。間違いさがしをしているような、頭の隅の取っかかり。靄を取り払いたくて目を凝らすけど何も見えない不快感。
 屋上の美奈子の告白から――早五ヶ月ほど経とうとしている。結局、姫条の答は出ないままだ。たとえば、これもそれと似た感覚だ。
「いつやって、あの子だけやねんな」
 気になるのは彼女だけ。自分を変えられるのは彼女だけ。いつだって自分自身の軸になる奥底の部分へ踏みこむのは小波美奈子だけだ。触って、問いかけて、訴えてくる……そうだと良い。
 愛とは何か? まだ答が出てはいない。だがそれは、言葉で説明できないだけで間違いなく”愛”というものではないのだろうか?
 姫条は知らずに微笑んだ。胸の奥がこそばゆい気がしたからだ。
「逢ってきけばええ」
 デートの約束はとりつけた。待てば、美奈子に会える。たったそれだけのことがとても幸せに思えた。――少しの違和感くらい消してしまえるくらいに。
 
◇◆◇◆◇

 日曜日。約束通り、森林公園地区内にある博物館で美奈子と姫条はデートをした。博物館の展示物は通常通りで郷土の資料が主に飾られていた。 姫条の予想通り、美奈子は不得手な場所に四苦八苦していたが新鮮さで概ね楽しめた。
 博物館を出ると、姫条は大きく伸びをする。振りかえると、後ろを歩く美奈子は心なしかぐったりとしていた。
「大丈夫か?」
 くしゃりと頭を撫でると、美奈子ははっとした顔をして笑顔を浮かべる。
「大丈夫だよ」
「さようか。……なんちゅーか、課外授業を思い出すわな」
「うん。やっぱり慣れない場所にはくるものじゃない……あ」
 しまったと美奈子は口に手を当てた。おそるおそる姫条を見上げる。
「ごめん。私が誘ったのに」
「別にかまわへんよ」
 くくっと姫条は笑うと、美奈子の手をとって歩きだす。
 目的地は直ぐ近くにある森林公園だ。とても大きな公園でジョギングする人や家族連れ、犬の散歩と利用者の目的は多岐にわたる。整備も行き届いている綺麗な公園で恋人同士も多かった。
 見晴らしのいい辺り一面芝生で敷きつめられた広場へ来ると、姫条と美奈子は少しだけ盛り上がった丘の上に一本だけ立つ木の幹へ腰をおろした。
 青々とした芝生とみずみずしい木の葉が柔らかな春の香りで鼻腔をくすぐった。さわさわと葉が擦れあっては音と影を二人へ落とす。美奈子は思わず目を閉じて、木へ背中を預けた。
 ――あぁ、やっぱりこれが幸せなんかも。
 春風に髪を揺らし穏やかに目を閉じる美奈子を見て、姫条はしみじみとそう感じた。
 遠くには父と子でキャッチボールをするの楽しそうな声。ゆっくりと時間が流れている。
 母親が死んでから、元から仕事仕事と忙しかった父親とこんなふうに公園でゆっくりした思い出はない。思えば母親は姫条と父親のかすがいで、思いつきもしなかったがこういう情景にずっと憧れていたのかもしれない。
 姫条も美奈子と同じように木に背を預けて目を閉じた。
 風と木と子供の声、それに隣にかすかな吐息。
「な、美奈子ちゃん」
「うん?」
 かさりと芝生を踏む音がした。制止するように、姫条は美奈子の手の上へ自分の掌を重ねる。
「そのまま、目を閉じて聞いて。俺な、家出同然ではばたき市へ来たんや。親父と仲たがいしてもうて……」
「喧嘩しちゃったの?」
「まあ、そんなところや。美奈子ちゃんは忘れとるかもしれへんけど、昔いうてくれたやん。新はばたき駅で、――”一人でできること”ちゃうって」
 あれは二年前の夏のはばたき駅、出会って間もないころだ。
「結局、親離れしてるつもりで親父を追いかけとっただけなんかもしれん。――お袋は死ぬまで親父一筋やし。おふくろのためなんていいながら、親父に八つ当たりして。おふくろの死を受けいれられんかった。もしかしたら、親父が親父じゃなかったらお袋は死なんかったのかもってアホなこと考えたり……でもそうやないんやなぁ」
 父親のようにはなりたくない。それは裏を返せば、父親とその他でしか世界が見えていないということだ。つまり、姫条は父親しかみていなかった。
 子供が親を求めるように。おふくろも親父を愛していた。――どうして、こんな当たり前のことに気づかなかったのだろう。
「親父じゃなかったら俺はおらへんかった。……おふくろも同じなんやろ。親父もな」
 多分、そういうことだ。
 結論をいうと姫条は一人相撲を永遠と繰りかえしていた。だが、それは無駄な時間ではない。それに、母親を亡くした子供に対して仕事へ逃げずに少しはフォローして欲しかったという苦言がまだある。
 せめて、悲しんでいるのは一人ではないと気づかせて欲しかった。まあ、父親も根幹の部分では子供じみていて甘えん坊ということだろう。母親が死んでいじけていたのだ。それは自身を鑑みれば、何となく納得できることであった。
 晴れやかな気持ちで姫条は長く息を吐きだした。ぎゅっと美奈子の手を握りしめて、それからゆっくりと放す。